共感マッピング深掘り——Dave Gray Empathy Map Canvas の構造と原理

Dave Gray(XPLANE 創設者)が2010年代に設計したEmpathy Map Canvasの4象限(Says/Thinks/Does/Feels)の設計思想と、各象限が明かす認知層の違い。既存の手順ガイドとは独立した概念・理論角度の詳述。

共感マッピングは「ワークショップのツール」として紹介されることが多い。しかし、Dave Gray が設計した Empathy Map Canvas の構造には、ユーザー認知の4つの異なる層を分離するという理論的な意図がある。手順ガイド基本解説が「どう使うか」を扱うのに対し、本稿は「なぜその形なのか」を問う。

Dave Gray と XPLANE、Gamestorming の文脈

Dave Gray はインフォメーション・デザインとビジュアル・シンキングを専門とする米国のデザイナー・著作家で、1993 年にビジュアル・コミュニケーション会社 XPLANE を設立した。XPLANE は複雑な情報を視覚化するビジネスデザイン会社として、企業のコミュニケーション課題に関わってきた。

2010 年、Dave Gray は Sunni Brown・James Macanufo との共著 Gamestorming: A Playbook for Innovators, Rulebreakers, and Changemakers(O’Reilly)を刊行した。この著作は、創造的な思考と協働を促す 80 以上のゲーム形式ワークショップツールを収録したもので、その中に Empathy Map が含まれていた。Gamestorming の文脈では、Empathy Map はチームがユーザーについて持つ「暗黙の仮定」を可視化・共有するためのゲームとして位置づけられている。

Gray はその後もこのツールを発展させ続け、2017 年にはキャンバスの改訂版——中央の象限を削除し4象限の外側に「Pains(苦痛)」と「Gains(獲得)」を加えたバージョン——を公開している。

4象限の認知科学的な読み方

Empathy Map Canvas の Says / Thinks / Does / Feels という4象限は、ユーザーの体験を言語・認知・行動・感情という4つの異なる情報経路で記録するよう設計されている。それぞれの象限が明かす認知の層は異なる。

Says(言っていること)——顕在化した語り

Says はインタビューや観察中にユーザーが実際に口にした言葉を記録する象限だ。ここに書かれるのは意識的・言語的なコミュニケーションであり、ユーザーが自分で「これが自分の体験だ」と語った物語だ。

重要なのは、Says はユーザーの体験の表層にある。心理学でいう自己報告バイアス(Self-Report Bias)——人は自分の行動や感情を合理化・正規化して語る傾向がある——が最も強く働く象限だ。Says だけを見ると、ユーザーの「理想的な自己像」に近い語りが積み重なる。

Thinks(考えていること)——潜在的な認知

Thinks は Says と対をなす象限だ。「口にはしないが、おそらく考えていること」を記録する。この象限は観察者の推察によって埋められる唯一の象限であり、それゆえ扱いが最も難しい。

Gray の設計意図は、Says と Thinks の対比によって「ユーザーが語る世界」と「ユーザーが内側で体験している世界」のギャップを可視化することにある。「このツールは使いやすいと思っています」(Says)の背後に「でも本当はもっとシンプルな方法があるはずだと思っている」(Thinks)が潜む——このギャップこそが問いを立てる起点になる。

Does(していること)——行動的現実

Does は「ユーザーが実際にとった行動」を記録する象限だ。観察による事実データが中心となる。Says が「語り」ならば、Does は「証拠」だ。

Says と Does の矛盾は、エンパシーマップが生み出す最も価値ある発見のひとつだ。「毎日チェックしています」(Says)に対して「1ヶ月に1〜2回しかログインしていない」(Does)というギャップは、ユーザーが自分の行動を正確に認識していないことを示す。この矛盾は責めるべき問題ではなく、デザインが問うべき問いの所在を指し示すシグナルだ。

Feels(感じていること)——感情の層

Feels は体験に伴う感情状態を記録する象限だ。ここで重要なのは、感情は他の3象限と独立した情報経路を持つということだ。

認知心理学の視点では、感情は論理的な評価とは別の経路で処理される(二重過程理論)。「機能的には問題ない」(Thinks / Does)のに「なんとなく不安を感じる」(Feels)というパターンは、信頼感・一貫性・制御感などの感情的ニーズが満たされていないことを示す。これは機能改善では解決できない問題であり、デザインの問いの立て方自体を変える発見になる。

Says / Thinks の縦軸、Does / Feels の横軸

Gray の象限配置には構造的な意図がある。従来の配置では、Thinks(考えていること)が上・Says(言っていること)が下に来るバージョンと、4分割がフラットに並ぶバージョンが混在している。いずれの場合も、Says と Thinks は「意識的・認知的な層」として対をなし、Does と Feels は「行動的・感情的な層」として対をなすことが設計の基本にある。

この対比によって、エンパシーマップは単なる「ユーザー情報の整理ボード」ではなく、認知・行動・感情という人間の体験の異なる層を分離して可視化するレンズとして機能する。

2017年改訂版——Pains と Gains の追加

Gray が 2017 年に公開した改訂版では、4象限の外側下部に Pains(苦痛・懸念・フラストレーション)Gains(得たいもの・目標・成功の定義) の2つの欄が追加された。

この改訂の意図は、4象限から導出される要約の欄を明示的に設けることにある。Pains は「ユーザーが乗り越えようとしている障害は何か」、Gains は「ユーザーが本当に達成しようとしている価値は何か」を問う。これは JTBD(Jobs to be Done) の問いと構造的に近く、エンパシーマップの分析結果を問題定義へ直接接続するための橋渡しとなる。

原典との関係——Gamestorming の意味論

Gamestorming における Empathy Map の位置づけは、「共感を測るツール」ではなく「チームの仮定を可視化して議論を生むゲーム」だ。Gray は Empathy Map を使うことで、チームメンバーがユーザーについて暗黙的に持っている異なる仮定が浮かび上がり、そのずれが議論と洞察の起点になることを設計意図として明示している。

これは「正しいエンパシーマップを作る」という目標設定とは異なる。完成したマップよりも、マップを埋める過程での議論と気づきこそが価値だという認識だ。


参考文献

  • Dave Gray, Sunni Brown & James Macanufo, Gamestorming: A Playbook for Innovators, Rulebreakers, and Changemakers, O’Reilly, 2010
  • Dave Gray, “Updated Empathy Map Canvas”, Medium, 2017
  • Nielsen Norman Group, “Empathy Mapping: The First Step in Design Thinking”, nngroup.com, 2017

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