「正しい答えを深く掘る前に、まず別の場所を掘れ」——エドワード・デ・ボノ(Edward de Bono, 1933〜2021)は、この比喩でラテラルシンキングの本質を表した。1967年の著書 The Use of Lateral Thinking(邦題『水平思考の世界』)で初めて提唱されたラテラルシンキング(水平思考)は、半世紀以上を経た今日、デザイン思考のアイデア発想フェーズにおける論理的基盤として機能している。
垂直思考との対比
デ・ボノはラテラルシンキングを「垂直思考(Vertical Thinking)」との対比で定義した。この二項対立を理解することが、ラテラルシンキングの核心を掴む最短経路だ。
垂直思考(Vertical Thinking)は、論理的・順序的に問題を解く思考法だ。「AならばB、BならばC、ゆえにC」という演繹的な連鎖を積み上げる。数学の証明、ソフトウェアのアルゴリズム設計、財務分析はこの思考様式で成立する。垂直思考は既存のカテゴリと仮定を前提に、その内側を深く掘り下げる。最も優れた穴を、より深く掘る思考だ。
ラテラルシンキング(水平思考)は、既存のカテゴリと仮定を意図的に崩す。「そもそもここを掘る必要があるのか」「別の場所に掘るべき穴があるのではないか」という問いを投げかける。論理の連鎖ではなく、前提の組み換えによって新しい可能性を開く思考だ。
デ・ボノは「垂直思考は正しい答えを出すための道具。ラテラルシンキングは異なる答えを出すための道具」と述べた。両者は競合するのではなく、相補的に機能する。優れた問題解決者は、両方の思考様式を状況に応じて切り替える能力を持っている。
デ・ボノの4つのラテラルシンキング技法
デ・ボノは、ラテラルシンキングを「才能ある人だけに可能な神秘的な閃き」ではなく、意図的に訓練できる技法として体系化した。主要な技法は四つある。
1. 代替案の強制(Alternative Methods)
「これしか方法がない」という思い込みを崩すために、「最低でも3つの別の方法を考えよ」という制約を課す。正解を探すのではなく、可能性の空間を広げることが目的だ。デザイン思考のワークショップでよく起こるのは、参加者が「明らかな解決策」に素早く収束してしまう場面だ。「他にどんな方法があるか?」という問いかけが、この技法の実践的な形である。
2. ランダムな刺激の導入(Random Stimulation)
問題とは無関係に見えるランダムな言葉・画像・概念を強制的に結びつける。「病院の待合室の課題に『蛸壺』をつなげるとしたら」という問いは、論理的には無意味だ。しかし、この強制的な連結が予期しない角度から解決策を照らすことがある。人間の脳はパターン認識の機械であり、無関係に見えるものを結びつけようとする傾向がある。ランダムな刺激はその傾向を意図的に利用する。
3. 概念の挑戦(Challenge)
「なぜそれをしているのか」「それは本当に必要なのか」という問いで、当然とされている前提を問い直す。航空会社が「搭乗手続きをカウンターでする」という前提を疑わなければ、スマートフォンによるモバイル搭乗券は生まれなかった。デザイン思考の共感フェーズで発見した「ユーザーの不満」の多くは、挑戦されていない慣習から生じている。
4. 視点の移動(Movement)
「これは使えない」「間違っている」と判断する前に、その考えを足がかりとして次の発想に進む。デ・ボノは「Po(Provocative Operation)」という接頭辞を提案した。「Po: 車に足がある」「Po: 病院に料金所がある」——これらは現実的な提案ではなく、思考の移動を引き起こすための踏み台だ。
Six Thinking Hats との関係
デ・ボノの代表的なツールとして、日本でも広く知られるシックス・シンキング・ハッツ(Six Thinking Hats)がある。1985年の著書 Six Thinking Hats で提唱されたこのフレームワークは、ラテラルシンキングの哲学を集団思考プロセスに組み込んだものだ。
六つの帽子は、それぞれ異なる思考モードを象徴する。
| 色 | 思考モード | 問い |
|---|---|---|
| 白 | 情報・データ | 事実として何がわかっているか |
| 赤 | 感情・直感 | 直感的にどう感じるか |
| 黒 | 批判的検討 | リスクと問題点は何か |
| 黄 | 楽観・価値 | うまくいく可能性と価値は何か |
| 緑 | 創造・代替案 | 他の可能性は何か |
| 青 | プロセス管理 | 今何の帽子をかぶるべきか |
重要なのは、緑の帽子のフェーズでラテラルシンキングが最も純粋に発動するという点だ。緑の帽子をかぶっているとき、批判は禁じられる。どんな奇抜な案でも、まず「足がかり」として扱う。この「批判の保留」こそが、ラテラルシンキングの創造的空間を生み出す。
デザイン思考の実践において、Six Thinking Hats は集団の発散と収束を構造化する道具として機能する。ダブルダイヤモンドの発散フェーズ(Develop)では緑の帽子優先、収束フェーズ(Deliver)では黒と黄の帽子が機能するという読み方ができる。
デザイン思考の創造フェーズでの位置づけ
デザイン思考の5フェーズのうち、創造(Ideate)フェーズはラテラルシンキングが最も直接的に機能する段階だ。
創造フェーズが苦手な実践者に共通するパターンがある。問い(How Might We)を受けとった瞬間に垂直思考が起動し、「現実的に可能なこと」「前例のあること」「リスクの少ないこと」という制約の中で答えを探し始める。これはアルゴリズム的な発想であり、イノベーションの余地が極めて小さい。
ラテラルシンキングの技法は、この垂直思考への引力に抗う手段を提供する。「最悪なアイデアから始める(Worst Possible Idea)」「まったく異なる業界の解決策を転用する(Analogous Inspiration)」「ランダムワードを使う(Random Word Method)」——これらはすべて、デ・ボノのラテラルシンキング技法のデザイン思考文脈での応用だ。
200回以上のワークショップで繰り返し観察される現象がある。ブレインストーミングの最初の10分は「普通のアイデア」が集まる。参加者の頭は既存のパターンで動いている。しかし「最もバカげた案を出せ」という問いかけを一度挟んだ後、その「バカげた案」を起点に発想を展開していくと、それまで出なかった角度からの洞察が生まれる。これがラテラルシンキングの「視点の移動」が機能した瞬間だ。
批判的視点と限界
ラテラルシンキングへの批判として、「手法の形式に囚われ、思考そのものが浅くなる」という指摘がある。Six Thinking Hatsを「プロセスのチェックリスト」として使うと、帽子を順番に変えることが目的化し、各思考モードの質が上がらない。形式が思考の代替になるとき、ラテラルシンキングは機能しなくなる。
また、「新奇性のための新奇性」に陥るリスクもある。ランダムな刺激と奇抜な組み合わせを求めるあまり、ユーザーの本質的な問題から離れた発想が増えることがある。ラテラルシンキングは「新しい」アイデアを生む道具であり、「有用な」アイデアを保証する道具ではない。これが人間中心設計との組み合わせが重要な理由だ。ユーザーの文脈に深く根ざした問い(How Might We)があってこそ、ラテラルシンキングの創造性は方向性を持つ。
実践的な使い方
ラテラルシンキングを創造フェーズに組み込む際、以下のシーケンスが有効だ。
まず定義された問い(How Might We)を確認し、チームで共有する。次に5分間の「垂直思考フェーズ」——思いつく解決策を出し切る。その後、ランダムワードを一つ選び「この言葉から発想を転換するとしたら」という問いで3分間強制的に発想する。最後に、ランダムワードから生まれた荒削りなアイデアを「起点」として次の発想に展開する。
この順序の重要性は「垂直思考を先に使い切ること」にある。ラテラルシンキングは垂直思考の代替ではなく、垂直思考が掘り尽くした後の別の掘り場を見つける道具だ。
デ・ボノが亡くなった2021年は、コロナ禍でオンラインワークショップが急増した年でもあった。デジタルホワイトボードツール(Miro、Figjam等)の普及によって、ランダムワードの導入やPoの使用がよりスムーズに行えるようになった。形式は変わっても、「別の場所を掘る」というラテラルシンキングの本質は変わらない。
参考文献
- Edward de Bono, The Use of Lateral Thinking, Jonathan Cape, 1967(邦訳:『水平思考の世界』)
- Edward de Bono, Six Thinking Hats, Little, Brown and Company, 1985(邦訳:『6色ハット発想法』)
- Edward de Bono, Lateral Thinking: Creativity Step by Step, Harper & Row, 1970
- IDEO, The Field Guide to Human-Centered Design, IDEO.org, 2015