センスメイキング・デザインリサーチ

複雑で不確実な問題状況の中から、意味のある構造を見いだすプロセス。デザイン思考のリサーチ段階では、単にユーザーデータを集めるのではなく、そのデータの背後にある「意味」を解釈し、問題の本質へと到達することが求められる。センスメイキングは、その意味構築のプロセスを指す。

定義

センスメイキング(Sense-making)とは、ユーザーインタビュー、観察、行動ログなどから集められた生のデータを、単なる「事実の記録」ではなく、「意味のある構造」へと変換するプロセスである。

デザイン思考では、この意味構築のプロセスが、問題定義からアイデア創造へ至る思考の転換点となる。

なぜデザインリサーチにおいて重要なのか

従来のマーケットリサーチとの違い

従来のマーケットリサーチでは、アンケート調査により「どの商品の購買意向が高いか」「顧客満足度はいくつか」という定量的なデータが取得される。その数値が、そのまま経営判断の根拠になる。

一方、デザインリサーチにおけるセンスメイキングは、数値ではなく、ユーザーの行動や発言の背後にある、暗黙的なニーズや価値観を読み取ることに焦点を当てる。

例えば、アンケートで「スマートフォンの操作が難しい」と回答したシニア層は多い。しかし、その「難しさ」の本質は何か?

  • 画面のテキストが小さくて見えない?
  • 操作手順が複雑で覚えられない?
  • 機械は壊す不安がある?
  • 周囲に詳しい人がいて頼りにくい?

センスメイキング的なリサーチでは、複数のシニア層にスマートフォンを実際に操作してもらい、その行動(ここで迷う、ここで確認を求める)と発言(「親世代は新しいものに不安がある」という思い込み)から、「実は難しさではなく、自分が新しいものについていけない罪悪感が根底にある」という、より深い課題を発見することになる。

その発見がなければ、アプリ企業は「大きな文字のインターフェース」を設計して満足するだろう。しかし、実際には「シニア層がスマートフォンを安心して学べる学習機会」が、本当のニーズなのだ。

複雑な問題領域での必要性

デザイン思考の対象となる問題は、ほとんどが「複雑で、因果関係が不明確」だ。

単純な商品改善(「ペットボトルの蓋が開けづらい」→「蓋の形状を改善する」)であれば、ユーザーの訴えをそのまま受け取れば良い。

しかし、組織の課題(「若手社員が育たない」「顧客とのコミュニケーションが断絶している」)となると、表面的な訴えの背後には、複数の要因が絡み合っている。

センスメイキングは、その複雑さの中から、「本当に解決すべき問題は何か」という構造を見いだす営みなのだ。

デザインリサーチの現場では何が起きているか

ステップ 1:データ収集(リサーチ)

インタビュー、観察、ユーザーテストなどを通じて、以下のようなデータが集まる。

  • ユーザーの直接的な発言(「この機能があったら便利」)
  • ユーザーの行動や身振り(迷う、躊躇する、工夫する)
  • 環境や文脈の詳細(時間帯、同席者、使用する場所)
  • ユーザー自身も気付いていない矛盾(「このアプリは好きじゃない」と言いながら毎日使っている)

ステップ 2:データの整理と分類

集めたデータを、テーマや共通パターンで分類していく。

例えば、シニア層への10回のインタビューから、以下のようなパターンが浮かび上がるかもしれない。

  • 「技術が理解できない」という訴えが表面的な理由
  • より深掘りすると、「新しいものについていけない自分」への否定感が根底にある
  • ただし、実際にはシニア層の一部は、スマートフォンを上手に使っている
  • その上手く使っている人たちの特徴は何か? —— 「家族が教えてくれた環境」「同年代の友人に勧められた」という、信頼できる人からの学習経験

ステップ 3:意味の解釈と構造化

分類されたデータから、ユーザーの行動や心理に一貫した意味を見いだす。

上記の例では、以下のような解釈が生まれるかもしれない。

「『技術的な難しさ』ではなく、『信頼できる人からの学習機会の不足』が、シニア層のスマートフォン活用を阻害している。逆に言えば、適切な学習環境が整備されれば、シニア層の利用拡大は十分に可能」

この解釈が、次のステップとしてのアイデア創造(「親世代のためのスマートフォン教室」など)につながっていく。

よくあるセンスメイキングの失敗パターン

失敗パターン 1:「ユーザーの発言をそのまま信じてしまう」

ユーザー自身も、自分のニーズを正確に言葉にできるとは限らない。

「使いづらい」という発言は、実は「使い方が分からない不安」かもしれないし、「周囲に知られたくない恥ずかしさ」かもしれない。

デザインリサーチでは、発言の背後にある本当の感情や動機を読み取ることが重要。

失敗パターン 2:「自分たちの仮説を確認するためのリサーチ」

これは、センスメイキングではなく「確認バイアス」に陥った状態。

「シニア層はテクノロジーに弱い」という既存の仮説を持ったまま、リサーチに入ると、その仮説を支持するデータだけが目に入り、矛盾するデータは無視される傾向がある。

良いセンスメイキングは、最初に仮説を持たず、データの中から新しい洞察が生まれるまで、開かれた姿勢を保つことが重要。

失敗パターン 3:「解釈の過度な抽象化」

一方、リサーチから得た洞察を、あまりに抽象的に一般化してしまう失敗もある。

「シニア層は信頼できる人からの学習を望んでいる」という洞察は正しいかもしれないが、それがどのセグメントのシニアにどの程度当てはまるのか、という検証なしに進むと、実装時に齟齬が生じる。


デザイン思考における位置づけ

共感(Empathize)フェーズ

センスメイキングは、共感フェーズの締めくくりとして機能する。

単なるデータ収集で終わるのではなく、「ユーザーの真の課題は何か」を言語化するステップが、デザイン思考の次のフェーズ(問題定義)へ進むための準備となる。

問題定義(Define)フェーズ

共感フェーズで行われたセンスメイキングから、「How Might We」という問い(「どうすれば、ユーザーのこの課題を解決できるか?」)が生まれる。

この問い自体の質が、その後のアイデア創造の質を決める。


やってみよう:簡単なセンスメイキングのワークショップ

チーム内で以下の簡単な実験をしてみよう。

ステップ 1:素材の準備

自社の顧客や利用者へのインタビュー記録(動画や音声)を、最低3件以上用意する。

ステップ 2:個人での視聴・メモ

各自が動画を視聴し、以下の観点でメモを取る。

  • ユーザーが直接述べている課題は何か?
  • 発言と矛盾する行動や身振りがないか?
  • ユーザーが無意識に言及している(本人も気付いていない可能性がある)課題や価値観は?

ステップ 3:チームでのディスカッション

複数の人がメモを持ち寄り、「このユーザー、実は何を課題に感じてるんだろう?」という対話を進める。

その過程で、個人での視聴では見落とした洞察が浮かび上がってくることが多い。

ステップ 4:解釈の言語化

最後に、「このユーザーグループの本当の課題は、◯◯ではなく、△△なのではないか」という仮説を、チーム全体で言語化する。

その仮説が、次のプロトタイピングやアイデア創造へつながる。


関連する手法

  • エスノグラフィ — ユーザーを自然な環境で観察し、詳細な記述を通じて意味を抽出する研究手法
  • グラウンデッド・セオリー — データから帰納的に理論を構築する定性的研究方法。センスメイキングの理論的基盤の一つ
  • ペルソナ開発 — センスメイキングの結果を、架空の人物像として具体化するプロセス
  • ユーザージャーニーマップ — ユーザーの時系列での行動と感情を可視化する手法

最後に

センスメイキングは、デザイン思考の現場では最も地道で、かつ最も重要なプロセスである。

ユーザーとの対話の中から、一見すると矛盾や曖昧さを含む生のデータを、説得力のある問題定義へと翻訳するその営みは、純粋に知的で、創造的だ。

「ユーザー中心のデザイン」が標語になっている今、その標語を本当の意味で実現するには、センスメイキングの質が全てを決める。