ウィキッド・プロブレム(Wicked Problem)とは、 問題の定義自体が曖昧で、唯一正しい解決策が存在せず、解くたびに新しい問題が生まれる複雑に絡み合った問題 のことです。都市計画・気候変動・医療制度・教育改革など、現代社会の最も重要な課題の多くがこの類型に属します。
概念の起源
「ウィキッド・プロブレム」という概念は、デザイン理論家のHorst RittelとMelvin Webberが1973年の論文「Dilemmas in a General Theory of Planning」(Policy Sciences, 4(2))で初めて定式化しました。Rittelは数学や科学で扱える「テイム・プロブレム(飼いならされた問題)」と対比して、社会計画の問題が本質的に異なる性質を持つことを指摘しました。
デザイン思考との関係において重要なのは、 デザイナーが歴史的に「ウィキッドな」問題と格闘してきた という事実です。Rittel自身、ウィキッド・プロブレムを最初に認識したのはデザインプロセスを観察することで得た洞察だと述べています。
ウィキッド・プロブレムの10の特徴
Rittelは原論文でウィキッド・プロブレムを特徴づける10の性質を挙げています。
- 問題の定義が定まらない — 問題を定義すること自体がすでに解決の一部であり、定義の仕方によって解決策が変わる
- 試行錯誤できない — 解決策を試みた時点で不可逆的な変化が起きており、「試して元に戻す」ができない
- 解決策の正否を判断できない — 「正しい解決策」ではなく「より良い解決策」「より悪い解決策」のグラデーションしか存在しない
- 終点がない — 「問題が解けた」と宣言できる明確な終点がなく、解決は暫定的である
- 解決策が副作用を生む — 一側面を解決すると別の側面に問題が生じる
- 症状と原因の区別が難しい — 何が原因で何が症状かは観点によって変わる
- 説明の方法が一つでない — 同じ問題を複数の視点から全く異なる枠組みで説明できる
- 個別解しかない — 一つの解決策が別の問題にそのまま転用できない
- 間違いが許されない — 解決を試みた計画者は結果に責任を負う
- 複数のステークホルダーの価値観が競合する — 誰にとっての問題かによって、問題の性質と優先順位が変わる
デザイン思考との接点
ウィキッド・プロブレムの認識は、デザイン思考がなぜ反復的なプロセスを採用するかの根拠を与えます。問題の定義自体が変化し続けるなら、一度の正確な問題定義と解決策の実行という線形プロセスは機能しません。 「共感→定義→発想→プロトタイプ→テスト」を何度も回る反復的なプロセスは、ウィキッドな問題への適切な応答 です。
特に問題定義フェーズにおける「HMW(どうすれば〜できるか)」という問いの立て方は、ウィキッド・プロブレムの「問題の定義が定まらない」という性質への回答です。問いを一つに固定せず、探索を続けながら問い自体を洗練させていきます。
テイム・プロブレムとの対比
ウィキッドでない問題(テイム・プロブレム)は、正しい解を持ちます。数学の方程式・チェスの詰め将棋・エンジンの故障診断——これらは複雑かもしれませんが、解き方の手順が存在し、解けた/解けないが判断できます。
多くの技術的問題はテイムです。しかし技術を社会に実装するとき(「誰に・どのように・どんな影響を与えるか」という問い)はウィキッドになります。AIの倫理問題・プラットフォームの規制・モビリティの未来——これらは技術的に解ける部分とウィキッドな部分を同時に含んでいます。デザインブリーフを起点に問いを立てることが、ウィキッドな問題へのアプローチの第一歩です。
参考文献
- Horst W.J. Rittel & Melvin M. Webber, “Dilemmas in a General Theory of Planning,” Policy Sciences, 4(2), 1973
- Richard Buchanan, “Wicked Problems in Design Thinking,” Design Issues, 8(2), 1992