親和図法(Affinity Diagram)は、大量のデータを「似ているもの同士」で束ね、隠れたパターンを浮かび上がらせる分析手法です。日本の文化人類学者・川喜田二郎が1960年代に考案したことから、KJ法とも呼ばれます。
概要
ユーザーインタビューや観察調査で集めた定性データは、そのままでは量が多すぎて全体像が見えません。親和図法は、個々のデータを付箋に書き出し、直感的な類似性に基づいてグルーピングすることで、データの中に潜む構造を可視化します。
川喜田二郎はネパールでのフィールドワーク中に、西洋的な演繹的推論では民族誌データを十分に分析できないと感じ、この手法を開発しました。ボトムアップで意味を見出すというアプローチは、デザイン思考の問題定義フェーズと本質的に相性が良いです。
実施の手順
ステップ1:データを付箋に書き出す
インタビューの発言、観察メモ、リサーチの気づきなどを、1枚の付箋に1つの事実・発言・気づきだけを書き出します。太いマーカーで、離れた場所からでも読める大きさで書くのが鉄則です。
1セッションあたり30〜80枚の付箋が目安です。少なすぎるとパターンが見えず、多すぎると作業が回らない。 チームメンバーが同じインタビューデータから付箋を書く場合は、重複を気にせずそれぞれが感じた要素を自由に書き出します。
ステップ2:黙ってグルーピングする
ここが親和図法の核心です。会話をせずに、似ていると感じる付箋を近くに移動させます。 声を出さないのは、論理的な議論ではなく直感的な類似性でグルーピングするためです。
付箋を動かしながら、あるメンバーが作ったグループを別のメンバーが崩して再構成することも起こります。それでよいのです。 グルーピングに正解はなく、チーム全体で「しっくりくる」構造を探るプロセスそのものに価値があります。
5〜7個のグループに収束するのが理想的ですが、無理に数を合わせる必要はありません。どこにも属さない付箋は、「孤立データ」として残しておきます。 後から重要なインサイトの種になることがあるためです。
ステップ3:グループに見出しをつける
形成されたグループの内容を俯瞰し、そのグループが意味するところを一言で表す見出しを付けます。 ここで初めて会話を解禁します。
見出しは抽象的すぎないことが大切です。「ユーザーの不満」では何も伝わりません。「自分のペースでできないことへの苛立ち」のように、具体的な感情や状況を含む見出しにすると、後の分析で活きてきます。
ステップ4:グループ間の関係を描く
見出しが揃ったら、グループ間の因果関係、対立関係、依存関係を矢印や線で結びます。 「AがBの原因になっている」「CとDは対立する要素である」といった構造が見えてくると、問題の全体像が浮かび上がります。
ステップ5:インサイトを抽出する
グルーピングと関係性の分析から、チームの前提を覆すような発見(インサイト)を特定します。 「予想通り」の結果はインサイトではありません。「意外だった」「矛盾している」「説明がつかない」ポイントにこそ、インサイトの種があります。
抽出したインサイトは、POVステートメントやHow Might Weの問いへと発展させます。
ワークショップで繰り返し見られるパターン
200回以上のワークショップで繰り返し見られるのは、サイレントグルーピングが「サイレント」でなくなるパターンです。黙って付箋を動かすはずが、誰かが「これはあっちじゃないか」と口を開いた瞬間に議論が始まり、結局声の大きい人の分類になってしまう。
実際にやってみると、サイレントグルーピングの5〜7分間は、その後の全議論の質を決めます。 何も言わずに手を動かしている時間、参加者の頭の中では「なぜ自分はこの2枚を近づけたのか」という問いが静かに回っています。この無言の思考が、後の「見出しをつける」セッションで突然言語化されて出てくるのです。ファシリテーターがサイレントの時間を守ることが、親和図法の最大の価値を引き出します。
よくある失敗と対処法
グルーピングが「カテゴリ分類」になってしまう
「機能面」「価格面」「デザイン面」のような既存のカテゴリに当てはめるのは、親和図法ではありません。 それはトップダウンの分類であり、ボトムアップの親和図法とは正反対のアプローチです。
対処法は、カテゴリ名を先に作らないことです。まず付箋同士の「似ている感じ」だけで物理的に近づけ、その後に見出しを考える順序を厳守します。
1人のメンバーがグルーピングを支配する
声の大きいメンバーが「これはこっちのグループだ」と仕切り始めると、他のメンバーは遠慮して手を出さなくなります。 サイレントグルーピングのルールを最初に明示し、それでも破られる場合はファシリテーターが介入します。
付箋が細かすぎる・粗すぎる
「ユーザーAが13時のインタビューで述べた3番目の発言」は細かすぎます。「ユーザーは不便を感じている」は粗すぎます。「操作手順が多くて途中で離脱してしまう」のように、行動と文脈が伝わる粒度が適切です。
ポイント
- 論理より直感 --- グルーピングは頭ではなく手で考える作業。理屈で分類しない
- サイレントが基本 --- 黙って付箋を動かす時間が、最も豊かな対話になる
- 孤立データを捨てない --- どこにも属さない付箋が、最大のインサイトを含むことがある
- 見出しは具体的に --- 抽象的なラベルは分析の解像度を下げる
- 写真を撮る --- 完成した図は必ず記録する。後から振り返る最も重要な資料になる
グルーピングで見えてきたインサイトはPOVステートメントやHow Might Weに発展させます。問題定義フェーズにおける中心的なツールです。
参考文献
- Jiro Kawakita, The Original KJ Method, Kawakita Research Institute, 1991
- Donald Norman, The Design of Everyday Things (Revised Edition), Basic Books, 2013(付録:HCD手法)