ある自治体の高齢者見守り事業を想定してみよう。半年かけてワークショップを重ね、住民アンケートも取り、立派な見守りサービスの設計図を仕上げた。ところが蓋を開けてみると、住民の多くはすでに独自のやり方——隣人同士の声かけや、買い物のついでの安否確認——で見守りを回しており、新しいサービスはほとんど使われなかった。これは架空の事例だが、専門家がゼロから解決策を設計する進め方に潜む落とし穴を示している。
原因を辿ると、ひとつの共通点に行き着く。専門家がゼロから解決策を設計している間、その地域ではすでに似たような支え合いが自然に始まっていた。「発見できなかった実践」の上に、別の解決策を重ねてしまったのだ。
本記事は、ワークショップで具体的に何をするかという技法を扱う。組織適用の議論はデザイン思考と社会的インパクトに譲り、ここでは社会イノベーション研究者エツィオ・マンジーニ(人物ページ参照)が提示した「すでにある実践を発見し、増幅する」という逆方向のプロセスを手順化する。行政のサービスデザイン担当、地域づくり・コミュニティデザインの実務者、企業のCSR/サステナビリティ部門、NPO/NGOの企画担当——次の市民参加型プロジェクトを控えている読者に向けて書く。企業の新規事業開発担当がユーザー起点で解決策を組み立てたい場合は、他のデザイン思考記事のほうが目的に合う場面が多い。なお本記事の3技法・タイムテーブルは、マンジーニの理論とDOSの原典手順を実務手順に構成し直したものであり、この構成そのものを筆者が現場で実施した記録ではない。実際のプロジェクトへの導入時は、規模や議題に応じた調整が入る前提の叩き台である。
なぜ「ゼロから設計」ではなく「すでにある実践を増幅する」のか
ディフューズ・デザイナーとエキスパート・デザイナーという役割分担
マンジーニは著書『Design, When Everybody Designs』で、デザインの担い手を二種類に分けた。ディフューズ・デザイナーは、専門の訓練を受けていないが日常の課題解決で創造的な行動を取る住民・当事者を指す。エキスパート・デザイナーは、専門的な訓練を持ちながら、ディフューズ・デザイナーの活動を観察し、拡張する触媒として動く。
この分担の実務的な意味は明確だ。住民は課題解決の素人ではなく、すでに何らかの形でデザインを実践している。専門家の仕事は「代わりに解決策を作る」ことではなく、「すでに動いている実践を見つけ、育てやすい形に整える」ことに変わる。
順方向プロセスとの違い
サービスブループリントのような手法は、専門家がサービスの流れを一から可視化し、断絶箇所を特定して設計し直す順方向のプロセスだ。対して本記事の技法は、地域にすでに存在する自然発生的な実践を起点にする逆方向のプロセスである。
どちらが優れているという話ではない。順方向プロセスは「まだ何も無い場所に新しいサービスを設計する」場面に強く、逆方向プロセスは「すでに市民が自発的に動いている領域を、途切れさせずに大きくする」場面に強い。福祉・見守り・子育て支援といった生活領域では、行政やNPOが関わる前から住民同士の助け合いがすでに始まっているケースが少なくない。そうした場面では、逆方向プロセスのほうが出発点として噛み合う。
技法1: アンプリファイング・リサーチ——すでにある工夫を発見する
スカウティングの観点
最初の技法は、地域にすでに存在する工夫を探しに行く調査だ。ここでは便宜的に「アンプリファイング・リサーチ」と呼ぶ(マンジーニの著作にこの名称があるわけではなく、彼が示した「すでにある実践を発見し、増幅する」という考え方を実務の調査手順に落とし込むための、本記事側の呼び名である)。通常のユーザーインタビューが「困りごと」を聞き出すのに対し、この調査は「誰が・何を・なぜ自発的にやっているか」を聞き出す点で目的が異なる。
観点は3つある。誰が——特定の個人か、緩やかなグループか、既存の自治組織か。何を——買い物の同行、余った食材の融通、見守りの声かけなど、行為としてどんな形を取っているか。なぜ——本人が「困っている人を助けたい」と自覚しているのか、それとも単に「近所付き合いの延長」として無自覚にやっているのか。この「なぜ」を丁寧に聞き出しておくと、後の役割設計ワークショップで本人に協力を打診する際の伝え方が変わってくる。
発見した実践を記述するワークシート
見つけた実践は、そのまま報告するのではなく「コラボレイティブ・サービスの候補」として一定の型で記述する。項目は以下の4つに絞る。
| 項目 | 記述する内容 |
|---|---|
| 担い手 | 誰が、どの範囲の人を対象に行っているか |
| 資源 | 使っている場所・時間・道具・関係性 |
| 継続の動機 | なぜ本人が続けているか(自発的な理由) |
| 拡張の障壁 | 今のままでは広がらない理由(時間・信頼・情報共有の手段など) |
この4項目は次の技法であるDesign Orienting Scenariosの入力データになる。担い手や資源を曖昧なまま次へ進むと、シナリオが実態から離れた空想になりやすい。
技法2: Design Orienting Scenarios(DOS)で複数の未来像を描く
DOSの手順
Design Orienting Scenarios(DOS)は、マンジーニがフランソワ・ジェグーと共に、EU研究プロジェクト「SusHouse」(2000年)で開発した手法だ。発見した実践を起点に、拡張・接続・制度化という3方向へシナリオを分けて描く手順として、ここではそれを応用する。
拡張は、同じ担い手が対象や範囲を広げたらどうなるかを描く。買い物同行が特定の高齢者数名の関係から、地域の見守りネットワークへ育つ姿がここに当たる。接続は、複数の別々の実践がつながったらどうなるかを描く。こども食堂と食材の融通が結びつく組み合わせが例になる。制度化は、行政やNPOが資源(場所・資金・情報基盤)を提供することで、実践が続けやすくなる姿を描く。
3方向それぞれについて、参加者はシナリオシートに「1年後にこの実践がどう変わっているか」を具体的な場面として書き出す。抽象的な理想像ではなく、誰が何をしているかが読み取れる粒度まで落とし込むことが条件になる。
「オデッセイプラン」との違い
ライフデザインのオデッセイプランも、複数の未来像を並行して描くという構造は同じだ。決定的な違いは単位にある。オデッセイプランは個人が自分のキャリアについて描くのに対し、DOSは地域・コミュニティという集団単位で描く。個人の意思決定では「どの案を選ぶか」が最終的な問いになるが、DOSでは複数のシナリオを並行して育てる選択肢もある。集団の実践は、個人のキャリアと違って一つに絞り込む必要がないからだ。
技法3: 役割設計ワークショップ——誰が何を担うかを決める
役割マトリクス
シナリオが描けたら、次はディフューズ・デザイナーとエキスパート・デザイナーの役割を具体的に割り振る段階に入る。
| 役割 | ディフューズ・デザイナー(住民・当事者) | エキスパート・デザイナー(専門家) |
|---|---|---|
| 発見 | 実践を実際に行っている | 実践を聞き取り、言語化する |
| 拡張 | 対象や頻度を自分の裁量で広げる | 広げる際の負担(時間・費用)を見積もる |
| 接続 | 別の担い手と直接つながる | つながる場・機会を設計する |
| 制度化 | 制度に合わせて実践のやり方を調整する | 制度の窓口となり、資源の申請・調整を担う |
この表を空欄のまま参加者に配り、実際のシナリオに沿って埋めてもらう。両者の欄が偏って埋まったとき、それは「専門家が全部やってしまう」設計になっている合図として使える。
タイムテーブルとファシリテーションの勘所
半日〜1日で実施する場合の時間配分は、以下を叩き台として現場の人数・議題の複雑さに合わせて調整するとよい。
00:00-00:20 導入(今日の目的とディフューズ/エキスパートの役割分担を共有)
00:20-01:30 アンプリファイング・リサーチの共有(各自が見つけた実践を発表)
01:30-01:45 休憩
01:45-03:00 Design Orienting Scenarios(3方向のシナリオを描く)
03:00-03:15 休憩
03:15-04:15 役割設計ワークショップ(役割マトリクスを埋める)
04:15-04:30 次の一歩の確認とクロージング
ファシリテーション上の勘所は、専門家参加者の発言順序にある。エキスパート・デザイナーを先に発言させると「制度的にはこうすべき」という話が住民・当事者の発言の基準になりかねない。アンプリファイング・リサーチの発表は住民・当事者から先に行い、専門家は聞き役に徹する順番を固定することを勧める。
既存手法との使い分け
本記事の3技法は「発見・構想」の段階を扱う。サービスブループリントやタッチポイントマッピングは、構想がある程度固まった後の「可視化・実装」の段階を扱う手法だ。両者は競合せず、順番に組み合わせる関係にある。
| アンプリファイング・リサーチ〜役割設計 | サービスブループリント/タッチポイントマッピング | |
|---|---|---|
| 出発点 | すでにある市民の実践 | 設計対象として決まったサービス |
| 目的 | 実践の発見と担い手の役割設計 | サービス構造の可視化と断絶箇所の特定 |
| 使うタイミング | プロジェクトの初期(構想段階) | 構想が固まった後(設計・実装段階) |
DOSで描いた「制度化」シナリオが具体的な運用フローの検討に進んだ段階で、初めてブループリントの出番になる。逆に言えば、ブループリントから始めてしまうと、まだ発見されていない実践を可視化の対象に含められないまま設計が進んでしまう。
次のプロジェクトで、専門家が解決策を持ち込む前に問うべきことは一つだ——その地域・コミュニティで、すでに始まっている工夫は何か。
最初の一歩は大掛かりな調査ではない。担当する地域やコミュニティで、すでに自然発生している支え合いを一つ、探しに行くことから始まる。
参考文献
- Ezio Manzini, Design, When Everybody Designs: An Introduction to Design for Social Innovation, MIT Press, 2015
- Ezio Manzini, François Jégou, SusHouse Project Final Report(Design Orienting Scenarios手法), 2000