共感 初級

カスタマージャーニーマップ

ユーザーが目標達成に至るまでの行動・感情・思考を時系列で可視化するツール。断片的なリサーチデータを一枚のストーリーに統合し、チーム全体の共感と問題発見を促す。

所要時間 60-120分
参加人数 3-8名
準備物 模造紙、付箋、マーカー

カスタマージャーニーマップ(CJM)は、ユーザーが特定の目標を達成しようとするプロセスを、行動・感情・思考の三層で時系列に描き出す可視化ツールです。「ジャーニー」という言葉が示す通り、ユーザーを旅人として捉え、その旅の全景をチームが共有できる一枚の地図に変換します。

概要

ユーザーインタビューや観察調査で集めた定性データは、そのままでは断片的です。「Aさんはここで戸惑った」「Bさんはここで諦めた」という個別の観察を、時間軸に沿って並べることで、問題が集中するポイントと感情の谷間が浮かび上がります。

カスタマージャーニーマップが特に力を発揮するのは、複数のチャネルや部署をまたぐ体験の設計です。営業・カスタマーサポート・物流が別々に動いている場合、各部署は自部門のタッチポイントしか把握していません。ジャーニーマップを一枚のシートに広げると、どこでバトンが途切れているかが一目でわかります。

Nielsen Norman Group の調査によれば、ジャーニーマップが最も効果を発揮するのは「部門間の対話を生む」場面です。地図そのものよりも、地図を描く過程でチームが得る共通認識こそが、このツールの本質的な価値です。

デザイン思考の共感フェーズで作成し、問題定義フェーズでの POVステートメントHow Might We へと橋渡しします。

実施の手順

ステップ1:スコープとペルソナを決める

ジャーニーマップを描く前に、「誰の」「どんな目標に向けた」旅を描くかを明確にします。 スコープが曖昧なまま作り始めると、あらゆる体験を詰め込みすぎて何も見えない地図になります。

ペルソナは事前のリサーチデータに基づいて作成します。「30代、育児中のフルタイム就労者」のような属性だけでなく、「子どもの体調不良時に自分の仕事との折り合いをどうつけるか悩んでいる」という具体的な文脈を持つ人物として定義します。エンパシーマップを先に作成しておくと、ペルソナの解像度が上がります。

描くジャーニーの範囲は「どこから始まり、どこで終わるか」を決めます。「サービスを知る」から「日常的に使っている」までを1枚に収めようとすると煩雑になります。最初は 「初回申込みから初めての成果体験まで」のように、問題意識に直結した範囲に絞ることをお勧めします。

ステップ2:ジャーニーのフェーズを定義する

横軸には時間の流れを表す「フェーズ」を置きます。フェーズはユーザーの行動の「まとまり」として定義します。たとえばオンラインサービスの申込みであれば、「認知 → 比較検討 → 申込み → オンボーディング → 定着」のような区切りが典型的です。

ワークショップでよく起こるのは、フェーズの粒度についての議論です。「申込み」を1フェーズで済ませるか「フォーム入力」「確認メール」「本人確認」に分けるかは、チームが最も見たい部分を拡大することで決めます。 問題が集中していると予想される領域を細かく分割し、他は粗く設定する非対称なフェーズ設計も有効です。

あるBtoB製造業のプロジェクトでは、「発注フェーズ」を1枚にまとめていたところ、問題がぼやけて見えていました。「見積依頼」「社内承認」「発注書作成」「納期確認」に分割した途端、「社内承認フェーズ」で感情が急落するパターンが3名のインタビュー全員に共通していることが浮かび上がりました。

ステップ3:行動・思考・感情を記入する

フェーズが決まったら、3つの層(行動・思考・感情)を縦軸に配置し、それぞれのセルに付箋を貼っていきます。

行動(Actions)は、ユーザーが実際に何をするかです。「ウェブサイトで比較する」「電話で問い合わせる」「書類に記入する」のように動詞で書きます。

思考(Thoughts)は、そのときユーザーが頭の中で考えていることです。「本当にこれで合ってるのかな」「他にもっといい選択肢があるかも」といった疑問や懸念を書きます。リサーチ中に記録した発言の引用がそのまま使えます。

感情(Emotions)は、感情曲線として描きます。各フェーズのユーザーの感情を「高い(ポジティブ)」から「低い(ネガティブ)」のスケールでプロットし、折れ線グラフのように結びます。感情曲線が急激に下がるポイント(感情の谷)が、最も重要な問題箇所の候補です。

やってみると、行動と感情が逆転するケースが多く現れます。「ここは操作が簡単なのに、なぜユーザーが不安を感じているのか」という矛盾が見えたとき、隠れたニーズやインサイトが潜んでいるサインです。初めてジャーニーマップを作るチームがよく驚くのは、「機能的には問題ない」フェーズでも感情が下がり続けるケースです。「わかっている」と思っていた問題の裏に、別の問題がある——この発見がチームの議論を深めます。

ステップ4:タッチポイントとチャネルを記入する

行動・思考・感情が埋まったら、各フェーズでユーザーがどのチャネルやタッチポイントを通じてサービスや組織と接触するかを記入します。「ウェブサイト」「メール」「店頭スタッフ」「SNS広告」などです。

このレイヤーを加えることで、「感情の谷がどのチャネルで起きているか」が明確になります。 「電話問い合わせのフェーズで毎回感情が下がる」という発見は、コールセンターの対応改善というアクションに直結します。

ステップ5:ペインポイントとオポチュニティを抽出する

ジャーニーマップが完成したら、チーム全体で地図を眺め、最も重要なペインポイント(痛点)を3〜5つに絞ります。 全員が「確かにここは問題だ」と頷ける箇所を優先します。

ペインポイントの右隣に、「もしここを改善できたら?」という視点でオポチュニティを書きます。このオポチュニティが、How Might We の問いを立てる出発点になります。「ここをどう改善できるか」ではなく「もしここが良くなったら、ユーザーにどんな価値が生まれるか」という視点で書くと、後のアイデア発想が広がります。 親和図法でペインポイントをグルーピングすると、優先順位の議論がスムーズになります。

ファシリテーションのコツ

リサーチデータを手元に置く

ジャーニーマップは「推測で書く」ものではありません。インタビュー録音の書き起こし、観察メモ、写真などのリサーチデータを手元に置いた状態でセッションを始めます。「このユーザーはどう感じていたか」という問いに対して、必ずエビデンスで答えることをルールにします。 思い込みや推測で埋めた箇所は目立つ色の付箋で区別しておく。後の議論で混乱を防ぐためです。

沈黙に耐える

ジャーニーマップのワークショップでは、参加者が付箋を書いている時間が長くなります。ファシリテーターは沈黙を埋めようとしなくてよいです。「まだ2分あります」と時間を声かけするだけで、参加者が自分のペースで考えられます。

感情曲線は最後に描く

行動・思考・チャネルが揃ってから感情曲線を引くと、議論が豊かになります。先に感情を決めてしまうと「だからこのフェーズは悪い」という結論ありきで他のセルが埋まるリスクがあります。事実を積み上げてから感情を読み取る——この順序がインサイトの質を決めます。

全員が手を動かす設計にする

「わかった人が書く」ワークショップになると、ジャーニーマップはその人の解釈になってしまいます。付箋を人数分用意し、同じフェーズに複数の人が別々の付箋を貼ることを奨励します。複数の視点が重なる箇所は重要度が高く、矛盾する箇所は深掘りすべき問いを含んでいます。 ユーザビリティテストの観察と組み合わせると、行動の記録がより具体的になります。

よくある失敗と対策

「理想のジャーニー」を描いてしまう

最もよくある失敗は、現状のユーザー体験ではなく「こうあるべき体験」を描いてしまうことです。ジャーニーマップは「現状(As-Is)」を描くものです。 As-Isマップで問題を発見してから、「将来(To-Be)」マップでビジョンを描く2段階のアプローチが正確です。最初から理想を描くと、問題が見えないまま施策検討に進んでしまいます。

タッチポイントの羅列になってしまう

「ウェブ → メール → アプリ → 店舗 → コールセンター」とチャネルを時系列に並べるだけでは、プロセスフロー図であってジャーニーマップではありません。ユーザーの感情と思考が欠けている地図は、問題を発見するのではなく確認するだけで終わります。 感情曲線の記入を必須とすることで、表面的な記録に留まらない深さが生まれます。

マップを作ることが目的になってしまう

参加者からの声として多いのが「マップが完成した時点でエネルギーが尽きた」というものです。ジャーニーマップは成果物ではなく、問いを立てるための道具です。 セッションの最後15分は必ず「このマップから何をするか」に充て、ペインポイントの優先順位づけとネクストアクションを決めます。デザイン思考の失敗パターンでも、成果物完成をゴールにする「ツール化」は典型的な落とし穴として挙げられています。

データ不足のまま始める

ユーザーリサーチがまだ十分でない段階でジャーニーマップを描くと、チームの思い込みを可視化するだけになります。最低でも3〜5名のユーザーインタビューを完了してから着手します。 データが不足している場合は、「仮説マップ」として明示し、後でリサーチデータで検証するプロセスを設計しておきます。

ポイント

  • 現状(As-Is)から始める — 理想の体験を描く前に、今のユーザーが体験している現実を正確に記録する
  • 感情曲線を必ず引く — 行動の記録だけでは問題の優先順位がわからない。感情の谷が優先ポイントを示す
  • エビデンスで埋める — リサーチデータに基づかない箇所は推測として明記し、後で検証する
  • スコープを絞る — 全体を1枚に収めようとしない。問題意識に直結した範囲に集中する
  • ネクストアクションで終わる — マップの完成をゴールにしない。ペインポイントからHMWへの接続まで必ず実施する
  • 写真を撮る — 完成したマップは全体と各セルを記録する。後日チームの共通言語になる

参考文献

  • Nielsen Norman Group, “Journey Mapping 101”, nngroup.com, 2018
  • Nielsen Norman Group, “Customer Journey Maps — Walking a Mile in Your Customer’s Shoes”, nngroup.com
  • Jeanne Liedtka & Tim Ogilvie, Designing for Growth: A Design Thinking Tool Kit for Managers, Columbia Business School Publishing, 2011
  • Marc Stickdorn & Jakob Schneider, This is Service Design Thinking, BIS Publishers, 2011