デザイン思考の最大の失敗パターンのひとつは「間違った問題を解くこと」です。素晴らしいソリューションが生み出されても、そもそも解くべき問題がずれていれば、イノベーションには繋がりません。
HMW(How Might We:どうすれば私たちは〜できるだろうか)は、発見したインサイトを「挑戦すべき問い」に変換するフレームワークです。この問いを正確に設定することで、アイデア発散の方向性が定まり、意味のある解決策が生まれる確率が上がります。
HMWの起源
「How Might We」という表現は、IDEO創設者のデイヴィッド・ケリーが1970年代にProcter & Gambleで使っていた問いの形式に遡ります。後にIDEOとスタンフォードd.schoolで体系化され、現在はデザイン思考ワークショップの標準的な「問い生成ツール」として広く使われています。
三つの単語には、それぞれ意図があります。
How(どうすれば):問題を「可能性の問い」として開く言葉。「これは難しい」「不可能だ」という思考パターンを「解決策がある」という前提に転換させます。
Might(〜かもしれない):「こうすれば解決できる」という断定ではなく、「こうすれば解決できるかもしれない」という可能性を示します。この曖昧さが「まずは試してみよう」という心理的安全性を生みます。
We(私たちは):個人の責任ではなく、チームの取り組みとして問題を設定します。「あなたが解決してください」ではなく「私たちで探索しましょう」というフレーミングです。
「広すぎず・狭すぎず」の原則
HMWの品質は「スコープの適切さ」で決まります。広すぎても狭すぎても、後のアイデア発散が機能しなくなります。
狭すぎるHMW(NG例)
「どうすれば、Webサイトのログインページのパスワード入力欄を改善できるだろうか?」
これはすでに解決策(パスワード入力欄の改善)が前提に入っています。「パスワードを廃止する」「生体認証に移行する」という根本的な解決策への道が閉じてしまいます。
広すぎるHMW(NG例)
「どうすれば、世界のすべての人に安全なインターネットアクセスを提供できるだろうか?」
これは単一のプロジェクトやチームが扱えるスコープを超えており、アイデア発散の方向性を絞れません。何でも出てくるが、何も具体的なアクションには繋がらない問いです。
適切なHMW(OK例)
「どうすれば、技術に不慣れな高齢ユーザーが、初回ログインを一人で完了できるようにできるだろうか?」
この問いは「高齢ユーザー」「初回ログイン」「一人で」という制約が入っており、アイデアの方向性が定まります。しかし「パスワード方式の維持」という仮定は入っておらず、解決策の幅は十分に開かれています。
スコープを調整するテクニック
問いが広すぎると感じたら:制約や対象ユーザーを追加する(すべての人 → 初めて使う60代の人)
問いが狭すぎると感じたら:「なぜそれが必要か」を問い、一段上位の問いに置き換える(パスワード入力欄を改善する → ユーザーがスムーズにログインできるようにする → ユーザーがサービスにアクセスしやすくする)
この「なぜの梯子(Why Ladder)」は、問題定義を適切なレベルに調整するツールとして機能します。
90分ワークショップ設計
アジェンダ
| 時間 | 内容 | 形式 |
|---|---|---|
| 0〜10分 | オープニング・共有インサイトの確認 | ファシリテーター主導 |
| 10〜25分 | HMW個人作成(サイレント) | 個人ワーク |
| 25〜40分 | HMWの共有とクラスタリング | グループワーク |
| 40〜55分 | HMWの洗練(広さ・狭さの調整) | ペア or グループ |
| 55〜70分 | ドット投票と優先HMWの選定 | 全員 |
| 70〜85分 | 選定HMWの深掘り(前提・制約の明示化) | グループワーク |
| 85〜90分 | クロージング・次ステップの確認 | ファシリテーター主導 |
Phase 1:オープニング(0〜10分)
目的:インサイトを共有し、HMW作成の「材料」を全員が持つ状態にする。
共感フェーズで収集したインサイト(ユーザーインタビューの要約、観察で気づいた事実、ペルソナの「痛み」など)をチームで共有します。すべてのインサイトをこの場で共有する必要はありません。今回のワークショップで焦点を当てる「インサイトの束」を3〜5個に絞って提示するのが効果的です。
ファシリテーターの注意点:インサイトを「問題として定義する」ことはこの段階ではしません。「ユーザーはこのような状況にいる」という事実の共有にとどめます。
Phase 2:HMW個人作成(10〜25分)
目的:一人ひとりが、インサイトを「問い」に変換する。
実施方法:付箋(1枚1HMW)に「How Might We〜」で始まる問いを書きます。この段階では量を優先し、評価しない。5〜7分で5〜10枚を目安とします。
サイレントワーク(書くだけで発言しない)の理由は、他者のアイデアに引きずられることなく、各自が独立して問いを生成するためです。グループワークより多様な問いが生まれます。
Phase 3:共有とクラスタリング(25〜40分)
目的:全員のHMWを可視化し、テーマのかたまりを発見する。
付箋を壁またはホワイトボードに貼り出し、内容が似ているもの同士をグループにまとめます(アフィニティダイアグラムの要領で)。この作業自体が対話を生み、問いの背景にある意図の共有につながります。
クラスタリングは完璧である必要はありません。「概ねこのテーマ」という程度のグルーピングで十分です。
Phase 4:HMWの洗練(40〜55分)
目的:広すぎる・狭すぎる問いを「ちょうどいいスコープ」に調整する。
クラスターごとにチームが「この問いは広すぎないか/狭すぎないか」を議論します。必要に応じて、問いの書き換えを付箋に書き直します。
良い議論の例:「この問いは『コストを下げる』が前提になっているけど、コスト以外の手段は最初から排除していいの?」→「では『どうすればユーザーが感じる価値を下げずに提供できるか』に書き直そう」
Phase 5:ドット投票(55〜70分)
目的:「最も重要なHMW」を民主的に選定する。
各参加者に3〜5枚のドットシール(または丸を書く)を渡し、最も重要だと思うHMWに投票します。自分のHMWに投票しても構いません。複数ドットを1枚のHMWに集中させることも許可します。
投票後、上位3〜5件のHMWを「優先的に探索する問い」として選定します。
Phase 6:優先HMWの深掘り(70〜85分)
目的:選ばれた問いの「前提と制約」を明示化する。
選定された上位HMWそれぞれについて、次の問いに答えます。
- この問いが前提としていることは何か?
- この問いが意図的に排除していることは何か?
- この問いを解いたとき、誰が最も恩恵を受けるか?
- この問いには「解けない範囲」があるか?
この作業によって、後のアイデエーションの設計図が精度高く定義されます。
Phase 7:クロージング(85〜90分)
選定されたHMWをチームで確認し、次のステップ(アイデア発散ワークショップの日程、担当者)を合意します。
よくある失敗と対処法
失敗1:インサイトなしでHMWを作る。 HMWはインサイトを問いに変換するものです。共感フェーズの実施なしにHMWを作ると、「担当者が頭の中で想定している問題」をHMWの形に書き換えるだけになります。
失敗2:HMWが「解決策」になっている。 「どうすれば、スマートフォンアプリを作れるか」はHMWではなく、すでにソリューションです。HMWは「解くべき問題」であり、「どんな解決策を選ぶか」ではありません。
失敗3:ドット投票で「多数決で正解を決めた」と解釈する。 投票はどの問いを「先に探索するか」の優先順位を決めるものです。選ばれなかったHMWが「間違っている」わけではありません。後で戻る可能性を残しておくことが重要です。
参考文献
- IDEO, Design Thinking for Educators, IDEO, 2011(改訂版2012)
- d.school, “How Might We Notes”, Hasso Plattner Institute of Design at Stanford, designthinkingplaybook.com
- Warren Berger, A More Beautiful Question: The Power of Inquiry to Spark Breakthrough Ideas, Bloomsbury USA, 2014
- Jeanne Liedtka & Tim Ogilvie, Designing for Growth, Columbia Business Press, 2011