問題定義 初級

問題フレーミング・ワークショップ:HMW(How Might We)から始まる問い直しの実践

「正しい問題を解いているか」を確認するワークショップ設計。HMWの書き方ルール(広すぎず・狭すぎず)と90分のワークショップ構成を解説。

所要時間 90分
参加人数 6〜12名
準備物 付箋(大・小)、マーカー、ホワイトボードまたは模造紙、投票用ドット(各自3〜5枚)

デザイン思考の最大の失敗パターンのひとつは「間違った問題を解くこと」です。素晴らしいソリューションが生み出されても、そもそも解くべき問題がずれていれば、イノベーションには繋がりません。

HMW(How Might We:どうすれば私たちは〜できるだろうか)は、発見したインサイトを「挑戦すべき問い」に変換するフレームワークです。この問いを正確に設定することで、アイデア発散の方向性が定まり、意味のある解決策が生まれる確率が上がります。

HMWの起源

「How Might We」という表現は、IDEO創設者のデイヴィッド・ケリーが1970年代にProcter & Gambleで使っていた問いの形式に遡ります。後にIDEOとスタンフォードd.schoolで体系化され、現在はデザイン思考ワークショップの標準的な「問い生成ツール」として広く使われています。

三つの単語には、それぞれ意図があります。

How(どうすれば):問題を「可能性の問い」として開く言葉。「これは難しい」「不可能だ」という思考パターンを「解決策がある」という前提に転換させます。

Might(〜かもしれない):「こうすれば解決できる」という断定ではなく、「こうすれば解決できるかもしれない」という可能性を示します。この曖昧さが「まずは試してみよう」という心理的安全性を生みます。

We(私たちは):個人の責任ではなく、チームの取り組みとして問題を設定します。「あなたが解決してください」ではなく「私たちで探索しましょう」というフレーミングです。


「広すぎず・狭すぎず」の原則

HMWの品質は「スコープの適切さ」で決まります。広すぎても狭すぎても、後のアイデア発散が機能しなくなります。

狭すぎるHMW(NG例)

「どうすれば、Webサイトのログインページのパスワード入力欄を改善できるだろうか?」

これはすでに解決策(パスワード入力欄の改善)が前提に入っています。「パスワードを廃止する」「生体認証に移行する」という根本的な解決策への道が閉じてしまいます。

広すぎるHMW(NG例)

「どうすれば、世界のすべての人に安全なインターネットアクセスを提供できるだろうか?」

これは単一のプロジェクトやチームが扱えるスコープを超えており、アイデア発散の方向性を絞れません。何でも出てくるが、何も具体的なアクションには繋がらない問いです。

適切なHMW(OK例)

「どうすれば、技術に不慣れな高齢ユーザーが、初回ログインを一人で完了できるようにできるだろうか?」

この問いは「高齢ユーザー」「初回ログイン」「一人で」という制約が入っており、アイデアの方向性が定まります。しかし「パスワード方式の維持」という仮定は入っておらず、解決策の幅は十分に開かれています。

スコープを調整するテクニック

問いが広すぎると感じたら:制約や対象ユーザーを追加する(すべての人 → 初めて使う60代の人)

問いが狭すぎると感じたら:「なぜそれが必要か」を問い、一段上位の問いに置き換える(パスワード入力欄を改善する → ユーザーがスムーズにログインできるようにする → ユーザーがサービスにアクセスしやすくする)

この「なぜの梯子(Why Ladder)」は、問題定義を適切なレベルに調整するツールとして機能します。


90分ワークショップ設計

アジェンダ

時間内容形式
0〜10分オープニング・共有インサイトの確認ファシリテーター主導
10〜25分HMW個人作成(サイレント)個人ワーク
25〜40分HMWの共有とクラスタリンググループワーク
40〜55分HMWの洗練(広さ・狭さの調整)ペア or グループ
55〜70分ドット投票と優先HMWの選定全員
70〜85分選定HMWの深掘り(前提・制約の明示化)グループワーク
85〜90分クロージング・次ステップの確認ファシリテーター主導

Phase 1:オープニング(0〜10分)

目的:インサイトを共有し、HMW作成の「材料」を全員が持つ状態にする。

共感フェーズで収集したインサイト(ユーザーインタビューの要約、観察で気づいた事実、ペルソナの「痛み」など)をチームで共有します。すべてのインサイトをこの場で共有する必要はありません。今回のワークショップで焦点を当てる「インサイトの束」を3〜5個に絞って提示するのが効果的です。

ファシリテーターの注意点:インサイトを「問題として定義する」ことはこの段階ではしません。「ユーザーはこのような状況にいる」という事実の共有にとどめます。

Phase 2:HMW個人作成(10〜25分)

目的:一人ひとりが、インサイトを「問い」に変換する。

実施方法:付箋(1枚1HMW)に「How Might We〜」で始まる問いを書きます。この段階では量を優先し、評価しない。5〜7分で5〜10枚を目安とします。

サイレントワーク(書くだけで発言しない)の理由は、他者のアイデアに引きずられることなく、各自が独立して問いを生成するためです。グループワークより多様な問いが生まれます。

Phase 3:共有とクラスタリング(25〜40分)

目的:全員のHMWを可視化し、テーマのかたまりを発見する。

付箋を壁またはホワイトボードに貼り出し、内容が似ているもの同士をグループにまとめます(アフィニティダイアグラムの要領で)。この作業自体が対話を生み、問いの背景にある意図の共有につながります。

クラスタリングは完璧である必要はありません。「概ねこのテーマ」という程度のグルーピングで十分です。

Phase 4:HMWの洗練(40〜55分)

目的:広すぎる・狭すぎる問いを「ちょうどいいスコープ」に調整する。

クラスターごとにチームが「この問いは広すぎないか/狭すぎないか」を議論します。必要に応じて、問いの書き換えを付箋に書き直します。

良い議論の例:「この問いは『コストを下げる』が前提になっているけど、コスト以外の手段は最初から排除していいの?」→「では『どうすればユーザーが感じる価値を下げずに提供できるか』に書き直そう」

Phase 5:ドット投票(55〜70分)

目的:「最も重要なHMW」を民主的に選定する。

各参加者に3〜5枚のドットシール(または丸を書く)を渡し、最も重要だと思うHMWに投票します。自分のHMWに投票しても構いません。複数ドットを1枚のHMWに集中させることも許可します。

投票後、上位3〜5件のHMWを「優先的に探索する問い」として選定します。

Phase 6:優先HMWの深掘り(70〜85分)

目的:選ばれた問いの「前提と制約」を明示化する。

選定された上位HMWそれぞれについて、次の問いに答えます。

  • この問いが前提としていることは何か?
  • この問いが意図的に排除していることは何か?
  • この問いを解いたとき、誰が最も恩恵を受けるか?
  • この問いには「解けない範囲」があるか?

この作業によって、後のアイデエーションの設計図が精度高く定義されます。

Phase 7:クロージング(85〜90分)

選定されたHMWをチームで確認し、次のステップ(アイデア発散ワークショップの日程、担当者)を合意します。


よくある失敗と対処法

失敗1:インサイトなしでHMWを作る。 HMWはインサイトを問いに変換するものです。共感フェーズの実施なしにHMWを作ると、「担当者が頭の中で想定している問題」をHMWの形に書き換えるだけになります。

失敗2:HMWが「解決策」になっている。 「どうすれば、スマートフォンアプリを作れるか」はHMWではなく、すでにソリューションです。HMWは「解くべき問題」であり、「どんな解決策を選ぶか」ではありません。

失敗3:ドット投票で「多数決で正解を決めた」と解釈する。 投票はどの問いを「先に探索するか」の優先順位を決めるものです。選ばれなかったHMWが「間違っている」わけではありません。後で戻る可能性を残しておくことが重要です。


参考文献

  • IDEO, Design Thinking for Educators, IDEO, 2011(改訂版2012)
  • d.school, “How Might We Notes”, Hasso Plattner Institute of Design at Stanford, designthinkingplaybook.com
  • Warren Berger, A More Beautiful Question: The Power of Inquiry to Spark Breakthrough Ideas, Bloomsbury USA, 2014
  • Jeanne Liedtka & Tim Ogilvie, Designing for Growth, Columbia Business Press, 2011