サービスサファリ(Service Safari)は、自分自身が実際のサービスの利用者となり、体験しながら観察・記録を行うリサーチ手法です。机上のリサーチや第三者へのインタビューでは捉えにくい「サービス接点の細部」「感情の推移」「文脈の中でのユーザー行動」を、一人称の体験として収集します。
共感フェーズの入口として使われることが多く、仮説を持ちすぎた状態でインタビューを行う前に、まず体験するという姿勢を持つための手法です。
概要
「サファリ」という名称は、野生動物を観察するサファリツアーからの比喩です。サファリでは、観察者は自然な生態系の中で動物を観察します。サービスサファリでも同様に、人工的に作られた実験環境ではなく、現実のサービス環境の中で観察するという原則を持ちます。
自社のサービスを対象にする場合と、競合サービスや参照すべき他業界のサービスを対象にする場合があります。いずれの場合も、「設計者・改善者」の視点ではなく「初めて使う一般ユーザー」の視点で体験することが求められます。
サービスサファリの対象は広義に設定できます。実店舗・Webサービス・行政手続き・医療サービス・公共交通機関・飲食店——「サービス接点(タッチポイント)が存在するすべて」が対象です。
この手法の特徴は、調査員自身が感情を持つ体験者になることです。「不便さ」「待たされる感覚」「分からないときの焦り」「期待を超えられた喜び」は、インタビューで「どう感じましたか」と聞くだけでは掴みきれません。体験者として感じた感情そのものがデータになります。
手順
Step 1:体験する対象とシナリオの設定(事前準備、30〜60分)
サービスサファリを始める前に、「誰として、何のためにこのサービスを使うか」というシナリオを設定します。
シナリオ設定の例:「初めてこの市役所を訪れ、転入届を出す30代の会社員」「スマートフォンに不慣れな60代として、この銀行アプリで振込を行う」「海外旅行が初めての人として、この旅行予約サイトで東南アジアのツアーを予約する」
シナリオが具体的であるほど、観察の焦点が絞られます。 「一般的なユーザーとして使う」という曖昧なシナリオでは、観察が表面的になります。「このような状況にいる、このような人物として体験する」という具体性が重要です。
また、体験前に「観察の焦点」を2〜3個設定しておきます。「情報を探す行動のどこでつまずくか」「スタッフとの接点でどんなコミュニケーションが起きるか」「次に何をすれば良いか分からない瞬間はどこか」など。焦点がなければ、後から振り返りができません。
Step 2:リアルタイムの観察と記録(体験中)
体験中は「その瞬間に感じたこと」を記録します。後で振り返ってまとめるのではなく、感じた瞬間に記録することが原則です。感情は体験から時間が経つほど薄れ、「一般的な感想」に収斂していきます。
記録すべき項目:
- その瞬間の感情:「迷った」「イライラした」「安心した」「嬉しかった」(感情の種類と強さ)
- 起きた行動:「スタッフに声をかけようとしたが、誰がいるか分からなかった」「案内板を読んで3回迷った」
- 環境・文脈:「周りに同じように迷っている人が2人いた」「混雑していて待機場所が分からなかった」
- 疑問と仮説:「なぜここに説明がないのか」「ユーザーはどんな前提知識があると想定しているのか」
記録の方法はメモ・音声メモ・写真(許可がある場合)のいずれでも構いません。ただし「記録のために体験が浅くなる」ことを避けるため、記録は最小限に留め、体験に没入する時間を確保します。
Step 3:体験直後の振り返り(体験直後、15〜30分)
体験が終わったら、場所を離れる前に5〜10分で記憶が新鮮なうちにメモを補完します。体験中に記録できなかった細部、感じたことの背景、「なぜそう感じたか」の考察を追加します。
複数人でサービスサファリを行っている場合、この段階での情報共有は行いません。各自の体験を汚染しないように、振り返りは独立して行います。
Step 4:チームでの共有と分析(振り返りセッション、60〜90分)
複数人での実施後、または単独で実施した後のチームへの共有を行います。
感情曲線(Emotional Journey Map)を描くのが効果的です。横軸をサービス体験の時系列、縦軸を感情の正負(良い体験から悪い体験まで)として、体験を通じた感情の推移を線で描きます。感情が落ちた谷と、感情が上がった山を特定し、それぞれの「なぜ」を掘り下げます。
共有では「何が起きたか」より「どう感じたか」「なぜそう感じたのか」に焦点を当てます。事実の共有だけでなく、感情と解釈の共有が、共感フェーズとしての価値を生みます。
実践のコツ
「初心者の目」を意識的に作る
サービスの設計や改善に関わっている人は、そのサービスについての知識を持ちすぎています。「ここを押せばいいと知っている」「このステップが必要と分かっている」という事前知識が、初めて使うユーザーの体験を遮蔽します。
「私は今このサービスを初めて使う人だ」と意識的に宣言してから体験を始めます。 知っている知識を意図的に「忘れる」ことはできませんが、「知らないふりをする」「なぜそう分かるのかを問い返す」という姿勢で体験することで、初心者のつまずきに近い感覚が得られます。
特に有効なのは、年齢・ITリテラシー・語学力などが自分と大きく異なるペルソナを設定する方法です。「ITに不慣れな高齢者として」体験することで、普段は気にしない「フォントサイズ」「専門用語の使用」「ステップの複雑さ」が問題として浮かび上がります。
「なぜ」を掘り下げる
体験中に気づいたことを記録するとき、表面的な観察だけに留まらず「なぜそう感じたか」を問い続けます。
たとえば「案内が分かりにくかった」という観察からスタートしたとします。なぜ分かりにくかったか——「どこへ進むかが書かれていなかった」。なぜそれが問題か——「初めての場所では、次のステップが見えないと足が止まる」。なぜ足が止まるか——「失敗したときの回復コストが読めないと、人は動けない」。
3回掘り下げたとき、「案内が不十分」という観察は「不確実性への耐性の低さ」というインサイトに変わっています。サービスの表面ではなく、ユーザーの心理構造に触れたことになります。
一人と複数を使い分ける
サービスサファリは1名でも実施できますが、複数人で同じサービスを体験し、異なる視点を持ち寄ることで分析が豊かになります。同じ体験でも、感じ方は異なります。その差異を議論することで、「どのユーザー属性がどの接点で困難を感じるか」が見えてきます。
ただし、複数人での実施でも体験は分離して行います。体験中のコミュニケーションは観察を汚染します。
活用事例
医療機関の受付改善プロジェクト
大規模病院の受付プロセス改善を目的としたプロジェクトで、設計チームのメンバー全員が「初めて外来受診する患者」として病院を体験しました。事前知識のない状態で「受付→問診票記入→診察室への案内→会計」という一連のプロセスを体験。
発見されたのは「診察室がどこにあるか分からず、廊下を2往復した」「問診票の回収場所が分からず、スタッフに声をかけたが気づいてもらえなかった」「会計の順番が来たときの呼ばれ方が分からず、周囲の人を観察して真似た」という具体的な体験でした。
この体験から「情報の欠如」ではなく「次のステップの不可視性」という本質的な問題が定義され、矢印サインの追加よりも「今どこにいて、次に何をすればいいか」を常時表示するデジタルサイネージの導入という解決策に繋がりました。
Webサービスのオンボーディング設計
BtoBのSaaSプロダクトのオンボーディング改善プロジェクトで、開発者・デザイナー・営業担当がそれぞれ「導入を検討している企業の情報システム担当者」というペルソナで、競合3社と自社のサービスのトライアル申込みから初回ログインまでを体験しました。
競合サービスで「30分以内に何ができるか分かった」体験と、自社サービスで「1時間後も何をすれば良いか分からなかった」体験の対比が、オンボーディングの大規模見直しのきっかけになりました。
参考文献
- IDEO.org, The Field Guide to Human-Centered Design, IDEO.org, 2015
- Kumar, Vijay, 101 Design Methods: A Structured Approach for Driving Innovation in Your Organization, Wiley, 2012
- Martin, Bella & Hanington, Bruce, Universal Methods of Design: 100 Ways to Research Complex Problems, Develop Innovative Ideas, and Design Effective Solutions, Rockport Publishers, 2012
- Stickdorn, Marc & Schneider, Jakob, This is Service Design Thinking, BIS Publishers, 2012