ステークホルダーマッピングは、プロジェクトや課題に関わる「すべての利害関係者」を可視化し、誰が何をステークとして持っているかを整理するフレームワークです。
デザイン思考において「誰のために設計するか」を決めることは、すべての出発点です。しかし多くのプロジェクトでは、最も声が大きいステークホルダー(=発注者や上司)の視点だけが「ユーザー」として扱われ、本来影響を受けるはずの関係者が見落とされます。ステークホルダーマッピングは、この「見えていないステーク」を体系的に発掘する作業です。
概要
共感フェーズでは「誰に共感するか」を決める前に、「共感すべき相手が誰なのか」を把握する必要があります。ステークホルダーマッピングはその前提作業として機能します。
同時に問題定義フェーズにおいても、「誰にとっての問題か」を明確にするための座標軸として使われます。発見されたペインポイントが「誰のペインポイントなのか」を問い続けることが、POVステートメントの精度を高めます。
特に組織・サービス・政策のような複雑なシステムを設計対象とする場合、ステークホルダーの多様性を可視化しないまま進むと、設計の後半で「この人たちのことを考えていなかった」という盲点が露出します。前半で時間をかけてマッピングするほど、後の設計判断が速くなります。
実施の手順
ステップ1:課題の中心を定義する
模造紙またはホワイトボードの中央に、対象となる「課題」「製品」「サービス」「政策」を書いた付箋を貼ります。 これがマッピングの原点です。
この時点で課題の定義が曖昧でも構いません。「誰が関係するか」を考える作業が、逆に課題の輪郭を明確にすることがあります。
ステップ2:ステークホルダーをブレインストーミングする
チーム全員が付箋を使い、「この課題に何らかの形で関わる人・組織」を書き出します。最初は「明らかにステークホルダーではない」を判断せず、思いつく限りを出し切ります。
典型的なカテゴリとして次を念頭に置くと漏れが減ります。
- 直接的エンドユーザー:製品・サービスを実際に使う人
- 間接的影響を受ける人:使わないが影響を受ける周囲の人(家族、同僚など)
- 提供側:サービスを届ける人(現場スタッフ、販売チャネルなど)
- 意思決定者:承認・予算・制度の権限を持つ人
- 規制・監督者:法規制、業界基準、監査などを担う機関
- 競合・代替:ユーザーが選ぶかもしれない別の選択肢
- 周辺の受益者・損害者:直接関係ないが、結果によって得をする・損をする主体
社会インフラや公共サービスの設計では、この最後の「周辺の受益者・損害者」に非常に重要なステークが潜むことがあります。
ステップ3:影響度 × 関与度で分類する
付箋を2軸のマトリクス上に配置します。
- 縦軸:影響度(このプロジェクトの結果から、どれだけ大きな影響を受けるか)
- 横軸:関与度(このプロジェクトに、どれだけ積極的に関与・発言できるか)
この4象限で分類すると、次のパターンが見えます。
| 象限 | 特徴 | 対応 |
|---|---|---|
| 高影響・高関与 | 最重要ステークホルダー。声が大きい | 最優先でリサーチ・対話 |
| 高影響・低関与 | 「見えないステークホルダー」 最も見落とされやすい | 積極的にリーチする |
| 低影響・高関与 | 影響は小さいが声が大きい。プロセスに口出しする | 情報共有・巻き込み |
| 低影響・低関与 | 現時点での優先度は低い | モニタリングに留める |
最も設計への貢献が大きいのは、「高影響・低関与」の象限に隠れたステークホルダーの発掘です。声が小さい、組織化されていない、リテラシーが低い、地理的に遠い、などの理由でプロセスから排除されがちな人々が、この象限に集まります。
ステップ4:ステークの内容を深める
各ステークホルダーが「何を」ステークとして持つかを付箋で補足します。ステークの種類は次のカテゴリで整理できます。
- 機能的ステーク:製品・サービスが実際に動くことへの関心
- 経済的ステーク:コスト、収益、リスクへの関心
- 感情的ステーク:安心感、信頼、尊重されること
- 権力的ステーク:意思決定権、情報へのアクセス、影響力の維持
- 価値的ステーク:倫理、文化、アイデンティティとの一致
同じ「顧客」というラベルでも、Aは「時間を節約したい(機能的)」でBは「自分の選択を尊重されたい(感情的)」というように、ステークの内容は大きく異なります。この違いを解像度高く把握することが、後のユーザーインタビュー設計に直結します。
ステップ5:リサーチ優先順位を決める
マップが完成したら、「次に誰のリサーチをするか」の優先順位を付けます。全員にインタビューする時間はない。誰から始めるかを決める根拠として、このマップを使います。
一般的な優先順位の基準:
- 高影響・低関与のステークホルダー(見落としリスクが高い)
- チームの前提が最も薄い相手(「わかったつもり」の危険が高い)
- 設計の成否を最も左右する人(ゲートキーパーや最終意思決定者)
テンプレート解説:同心円モデル
2軸マトリクスに加えて、同心円モデルも広く使われます。
中心に「課題/製品」を置き、内側の円から外側へと距離を持ってステークホルダーを配置します。
- 最内円(コア):日常的に直接関わる主要ユーザー
- 中間円(サポーター):間接的に関わる支援者・管理者
- 外円(周辺):影響を受けるが関わりが薄い主体、規制機関、社会全体
同心円モデルは「誰が最も中心に近いか」を空間的に議論するのに向いており、チームの認識のズレを可視化するのに役立ちます。「私はこの人を内円に置いたが、あなたは外円に置いた。なぜか?」という議論が、課題の前提共有を深めます。
適用場面
ステークホルダーマッピングが特に威力を発揮するのは次の場面です。
複数部署が絡む社内プロジェクト 「誰がこの変更の影響を受けるか」を明確にしないまま進むと、実装段階で反対が起きます。マッピングにより、早期に関係者を特定してプロセスに巻き込めます。
BtoBサービスの設計 発注企業の担当者(バイヤー)、実際の使用者(エンドユーザー)、承認権者(CFO・CIO)、IT管理者(インストール・管理担当)は、それぞれ異なるステークを持ちます。4者を同一に扱うと設計がどこかで必ず食い違います。
行政・公共政策 市民、事業者、行政職員、議会、NPO、メディアが複雑に絡み合います。特に「政策の影響を最も受けるが、最も声を持たない」層の発掘にこの手法が有効です。
システム変更・DXプロジェクト 新システムの導入は「システムを使う人」だけでなく、「旧来のプロセスに依存している人」「データの管理権限を持っている人」「外部連携先」など多様な関係者を巻き込みます。
よくある失敗と対処法
発注者・上司だけがステークホルダーになる
最も頻繁に起きる失敗です。「プロジェクトを依頼した人=ステークホルダー」という思い込みが、他の重要な関係者を見落とさせます。「この変更が実際に誰の日常を変えるか」という問いで付箋を出し直すと、盲点が見えやすくなります。
ステーク(内容)ではなく役職で整理する
「経営者」「マネージャー」「エンジニア」という役職の列挙は、ステークホルダーマップではありません。「この人が何を得たい/失いたくないか」を書かないと、設計の参照点になりません。 役職名の下に必ずステークの内容を付箋で補足します。
マップで終わる
作ったマップをリサーチ計画や設計判断に接続しないと、壁の飾りになります。セッションの最後15分でリサーチ優先順位を決め、次のアクションを具体化します。
ポイント
- 「影響を受けるが声を持たない人」に意識を向ける — 最も設計から取り残されやすい人たちがここにいる
- ステーク(内容)まで書く — 役職名の列挙は出発点に過ぎない。何を求めているかまで深める
- チームで作る — 1人の視点では必ず死角が生まれる。多様な部署・背景のメンバーで実施する
- 更新する — プロジェクトが進むにつれてステークホルダーの構成は変わる。マップは生きたドキュメントとして定期的に見直す
- リサーチ計画へ橋渡しする — マップの完成がゴールではない。ユーザーインタビューの対象と優先順位を決めるために使う
ステークホルダーマップで明確になった「誰のために」を基点に、エンパシーマップやカスタマージャーニーマップへと進みます。問題定義フェーズにおけるPOVステートメントの精度は、この初期マッピングの質に大きく依存します。
参考文献
- Mager, Birgit & Sung, Tung-Jung, “Special Issue Editorial: Designing for Services”, International Journal of Design, Vol. 5, No. 2, 2011
- Donella Meadows, Thinking in Systems: A Primer, Chelsea Green Publishing, 2008
- Liedtka, Jeanne & Ogilvie, Tim, Designing for Growth: A Design Thinking Tool Kit for Managers, Columbia Business School Publishing, 2011
- IDEO.org, The Field Guide to Human-Centered Design, IDEO.org, 2015