実践 NEW

AI時代のデザイン思考──人間とAIの協働で、新しい創造が生まれる

生成AIが当たり前になった今、デザイン思考は『対話相手』をAIに変える。3つの実践ケースから、人間がempathizeして、AIがideateを支援し、人間がその先の創造を担う──新しい分業の形を解き明かします。

10分で読める

デザイン思考は、本来「人間とのやり取り」を前提に生まれた手法です。

ユーザーとの対話(empathize)、チーム内での議論(define)、集団での発散と収束(ideate)。全てが「人間関係の質」に左右されていました。

しかし今、その前提が変わろうとしています。

2024年から2026年にかけて、私は複数のクライアント企業で**「AIをデザイン思考のプロセスに組み込む」実験を重ねてきました。結論は単純です。AIは人間のデザイン思考を「弱める」のではなく、「新しい段階へ進める」ための触媒**になり得る、ということです。

AIはどこに入るのか

従来のデザイン思考:人間 → empathize → 人間 → define → 人間 → ideate → 人間 → prototype → 人間 → test

新しいデザイン思考:人間 → empathize → 人間 AI ↔ 人間 → ideate(新形式) → AI × 人間 → prototype → 人間 → test

ポイントは、AIが「全段階に入る」わけではなく、特に define から ideate にかけて、AIが『思考のスパーリングパートナー』になるという点です。

実務的には、こう動きます。

  1. empathize フェーズは『人間にしかできない』。 ユーザーインタビュー、観察、共感 ── AIは参考データを提供する程度。
  2. define フェーズで、AIが『問題の言語化』を支援。 人間の漠然とした洞察をAIに投げ、複数の視点で問題を再定義する対話。
  3. ideate フェーズで、AIが『発散の加速』を担う。 人間が1時間で10案考えるなら、AIは100案を数秒で提示。その中から「人間にしか選べない質的判断」を人間が下す。
  4. prototype 以降は、再び『人間主導』へ。 低忠実度プロトから、ユーザーテストまで、人間の創意と観察力が決定的。

実践ケース1:BtoB SaaS企業の機能定義ワークショップ

昨年6月、ある SaaS 企業で「新しい料金体系の設計」を支援しました。CEO、営業、プロダクトマネージャー計5名が参加。所要時間は2日間。

初日:empathize → define(従来型)

初日は、既存顧客10社のインタビュー記録(テキスト化済み)を皆で読み込み、「顧客は何に困ってるのか」を付箋で整理していく。AIは一切使いません。ここは人間の共感力が要。

午後、その10社の顧客背景をまとめたら、ここからAIが登場します。

2日目:define ↔ AI ↔ ideate(新型)

私は、初日に出た「顧客の困り」を ChatGPT-4 に投げ、こう指示しました。

「この10社の顧客背景と困りを見たとき、この企業の『料金体系の問題』は、本当は何か。5つの異なる視点から、問題を再定義してほしい。」

出てきた5つの再定義:

  1. 「従量課金 vs 定額課金」という二項対立が、実は『顧客の成長段階による必要価値の変化』を隠している」
  2. 「顧客は『安さ』ではなく『予測可能性』を求めており、現在の価格設定では将来コストが見通せない」
  3. 「業界別ニーズが異なるのに、全顧客に同じ体系を提供しており、『違う顧客には違う価値メカニズムが必要』という洞察が欠けている」
  4. 「実装コストを『顧客の問題』に見立てているが、実は『ベンダーの実装スキルのばらつき』が本当の問題」
  5. 「顧客は『ROI』で購買判断するのに、料金体系は『スピード』や『手間』で設計されている。軸が違う」

参加者全員が沈黙。その後、CEO が発言。

「5番目。これだ。ウチらが『安い、シンプル』を売りにしてたけど、本当は顧客が『このツール導入して、ウチの売上いくら増えるんだっけ』って判断基準なんだ。」

AIが問題を『再フレーミング』したことで、従来のdefine議論を一段上に引き上げた。それが、その後の ideate の質を激変させました。

従来なら「定額○円 vs 従量課金△円」という選択肢の中で議論してたはずです。でもAIの5つの視点を経由することで、「そもそも顧客は ROI で判断してるんじゃ?」という本当の問題へ到達した。

その後の ideate では、単なる「価格設定」ではなく、「顧客の売上増加をトラッキングする仕組み」「業種別のテンプレート料金」といった、全く別次元の提案が出ました。

AIは『新しい問い』を投げ掛けることで、人間の創造性を解き放つ触媒になったのです。

実践ケース2:出版社の編集会議での企画提案

2025年初め、ある出版社の編集チーム(編集長、編集者3名)が「次のベストセラー候補」を探すワークショップをしました。私が facilitator として入ったのは、この企業が「AI + 人間判断」のハイブリッド企画開発を試みたかったから。

プロセス:

  1. 過去3年の売上トップ20冊のメタデータ(ジャンル、帯のコピー、著者背景、発行部数)を集計。
  2. これを Claude に渡し、「共通する『売れる企画の DNA』を5つ抽出」と指示。

AI の抽出:

  • 「『普通の人が、意外と簡単に出来る』という低い参入障壁」
  • 「『今の生活で困ってることへの即時的な解決策』」
  • 「『自分の人生が180度変わった感』という narrativeの強さ」
  • 「『5年以内の新しいトレンド』に乗った cutting edge 感」
  • 「『著者本人が、その道の実務者である』ことの信頼性」

その後、編集長が提示した3つの候補企画に対し、AI に「この5つの DNA でスコア付けしてくれ」と要求。

結果:

  • 候補A(運動習慣本): 4/5点 → 「DNA 3(narrative)が弱い」
  • 候補B(AI副業術): 5/5点 → 「5つ全て合致」
  • 候補C(シニア起業本): 3/5点 → 「DNA 4(トレンド感)が時代遅れ」

編集長の直感では「候補A と C」だったとのこと。ですが、AI のスコアリングと理由を見ることで、「あ、候補B の方が、マーケット的には成功確度が高い」という判断に変わりました。

ここでも、AIが『人間の選択を、データ駆動の観点から検証』する役割を果たした。

人間の創意と直感が全てではなく、市場のパターンと照らし合わせることで、『直感を自信に変える』ツール として AIが機能していたのです。

実践ケース3:製造業の新商品開発プロジェクト

最後のケースは、私が最も「AIの限界」を感じた案件でもあります。

製造業A社が「新しい素材を活かした B2C 商品」を企画する際、AI に「この素材で、どんな商品が考えられるか」と 100 パターンのアイデアを生成させました。

その 100 案は、技術的には正しい。しかし、実務上のマニュファクタリング・コストや、流通の現実を全く無視していた。

例:「マグネシア樹脂で作る『超軽量ゴルフ用ロボット鳥型カメラ』」← 中国の OEM ですら コスト合わない。

ここで気づいたのは、AI の ideate は『自由度』には優れているが、『実現可能性の制約』を本当には理解していないということ。

その後、私は プロセスを調整しました。

  1. AI に「制約条件」を明確に与える。 「製造可能な範囲は、既存工程 3 ステップ以内」「BOM(部品表)コストは ¥X 以下」「流通在庫期間は 90 日」等。
  2. その制約下での ideate を AI にやらせる。
  3. 出てきた案を、人間の製造部門と営業が『実現性』で判定。
  4. 実現可能な案に対してのみ、人間が『どう磨くか』という qualitative improvement を加える。

つまり、AI は『発散の勢い』を提供するが、『制約下での実行可能性』は人間が保証する という分業です。

新しい創造の形

AI 時代の デザイン思考は、こう定義し直せます。

「人間が『本当の問題』を感じ取り、AI が『それを複数の角度から再定義』し、人間が『その中から創造的な選択』をし、最後に人間が『実現可能なカタチに磨く』。」

従来のデザイン思考の 5 フェーズを活かしながら、define と ideate の間に『AI との対話』を挿入するという、小さく、でも本質的な変化です。

重要なのは、AI に「代わってもらう」のではなく、『対話相手としての AI』を使い こなすことです。

その先には、今までに無い速度で、でも見落としも減った状態で、新しい価値を生み出していくデザイン思考の形があります。

手を動かしながら、その感覚を掴んでいく。それが、今を生きるデザイン思考者に求められていることなのです。


カテゴリ: practice(実践) 関連記事:

Related