「エンパシーマップを使いたいが、どのテンプレートを選べばよいか分からない」という声は、実際のワークショップ現場でよく聞かれる。
エンパシーマップは、4象限という単純な構造を持つ一方で、プロジェクトの目的・チームの人数・対象ユーザーの特性によって、最適なテンプレートが変わる。 基本の4象限をそのまま使って「物足りなかった」「複雑すぎて使いこなせなかった」というケースは多い。
本記事では、目的別に使い分けられる5つのテンプレートパターンを、各パターンの活用シーンと記入のコツとともに解説する。
エンパシーマップとは何か(簡潔に)
エンパシーマップはDave Grayが開発したユーザー理解のフレームワークだ。ユーザーの体験を「言っていること・考えていること・していること・感じていること」の4つの視点で整理することで、チーム全体がユーザーへの理解を共有できる地図として機能する。
詳しい活用法と理論的背景は共感マップ(Empathy Map)を参照してほしい。
本記事では「すぐ使える」をコンセプトに、5つのテンプレートパターンを実践的に紹介する。
テンプレート1:基本4象限(最初の一枚)
概要
もっとも広く使われているスタンダードなテンプレート。エンパシーマップを初めて使う時、または時間が限られている時に最適だ。
象限構成
┌─────────────────┬─────────────────┐
│ THINK(考え) │ SAY(言葉) │
│ │ │
│ 口にしない内側 │ 実際に口にした │
│ の思考・信念 │ 言葉・発言 │
├─────────────────┼─────────────────┤
│ DO(行動) │ FEEL(感情) │
│ │ │
│ 実際の行動・ │ 体験に伴う感情・ │
│ ルーティン │ 感情の変化 │
└─────────────────┴─────────────────┘
中央にペルソナ名・写真・概要を配置する。
記入のコツ
SAY欄には「ユーザーが実際に使った言葉」を必ずそのまま記入する。 要約・解釈は後でいい。まず生の発言を象限に貼ることで、チーム内の解釈のズレを防げる。
THINK欄は推察になるため、「〜しているのでは?」という問い形式で記入すると、仮説であることが視覚的に明確になる。DO欄は、言葉ではなく「観察した行動」のみを記入するのがルールだ。感情的な評価は加えない。
活用シーン
- インタビュー直後の整理(1時間以内に記入する)
- チームがエンパシーマップを初めて使う時
- プロジェクト初期の「ユーザー理解のスタート地点」を作る時
所要時間
一人のユーザーに対して20〜30分。インタビュー後すぐに行うと記憶が新鮮なうちに記入できる。
テンプレート2:拡張6象限(深い探索向け)
概要
基本4象限に「Pain(痛み・障壁)」と「Gain(得たいもの・期待)」の2象限を追加したパターン。Dave Grayの改訂版(2017年更新)に基づく構成だ。
象限構成
┌──────────────────────────────────────┐
│ THINK & SAY │
│ (思考と発言を統合した上部象限) │
├─────────────────┬────────────────────┤
│ SEE │ HEAR │
│ 見ている環境・ │ 周囲から聞こえる │
│ 置かれている状況 │ 声・メディア │
├─────────────────┼────────────────────┤
│ DO & SAY │ THINK & FEEL │
│ 外から見える │ 内側の思考と感情 │
│ 行動と発言 │ │
├─────────────────┴────────────────────┤
│ PAIN │ GAIN │
│ 恐れ・不安・障壁 │ 期待・欲求・夢 │
└──────────────────────────────────────┘
活用シーン
- ユーザーインタビューを複数回実施した後の深い分析
- 「表面的な理解」から「深層的な動機」まで掘り下げたい時
- 仮説からの検証セッション(「このユーザーのPainは何か」を問いにする時)
記入のコツ
SEE欄は「ユーザーが日常的に見ている世界」を描く。競合他社の広告、同僚の行動、SNSのフィード。ユーザーが「当たり前」だと思っているものが、インサイトの宝庫になることが多い。
HEAR欄には「ユーザーが影響を受けている声」を記入する。上司の指示、友人のアドバイス、メディアの情報。意思決定に影響を与えている情報源を特定することで、コミュニケーション設計に直結する知見が得られる。
所要時間
一人のユーザーに対して45〜60分。複数回のインタビューデータを統合する際に使う。
テンプレート3:チーム統合版(複数ユーザー対応)
概要
複数人のインタビューデータを一枚のマップに統合するためのテンプレート。5〜10人のユーザーデータを比較・統合する際に使う。
構成の特徴
基本4象限を使いながら、「ユーザーAの発言」「ユーザーBの発言」を色分けした付箋で象限に貼り分ける。最終的に「多くのユーザーに共通すること(中央付近に移動)」と「ユーザー固有のこと(外側)」を視覚的に分離する。
準備するもの
- 色分けした付箋(ユーザーごとに色を変える。5色あれば十分)
- 各インタビューで記録した発言・行動のメモ
- A0用紙またはホワイトボード(複数人分のデータが入るサイズが必要)
記入のコツ
貼り付け後の「クラスタリング」が最重要プロセスだ。 似た付箋を近くに寄せていくと、「複数のユーザーが共通して感じていること」が浮かび上がる。このクラスターがインサイトの候補になる。
一人でやると見落としが多いため、最低2人のチームで作業することを推奨する。「これとこれは似ている」という判断を複数人が行うことで、インサイトの質が上がる。
活用シーン
- ユーザーリサーチの統合フェーズ
- 複数の顧客セグメントの比較分析
- インサイトの抽出と定義フェーズへの橋渡し
所要時間
5人分のデータで60〜90分。事前に個別ユーザーの基本4象限を完成させておくと、統合作業がスムーズになる。
テンプレート4:BtoB用(意思決定者・利用者分離型)
概要
BtoBサービスの設計・改善に特化したテンプレート。「サービスの意思決定者(例:購買担当)」と「サービスの実際の利用者(例:現場スタッフ)」が異なる場合に有効だ。
構成の特徴
A4用紙2枚を並べる形で、左側に「意思決定者マップ」右側に「利用者マップ」を作る。各マップは基本4象限を使いながら、以下の追加項目を設ける。
- 意思決定者マップ追加項目: 「評価指標(KPI)」「承認のための根拠として重視すること」
- 利用者マップ追加項目: 「実際の業務フローにおける利用場面」「周囲の同僚との関係性」
活用シーン
- BtoB SaaSの製品設計・提案設計
- 企業向けの研修・コンサルティングサービスの価値設計
- 購買プロセスと利用プロセスの両方を改善したい時
実際にやってみると、意思決定者と利用者のPainがまったく別の問題であることが多い。 「意思決定者はコスト削減を重視している」「利用者は学習コストの低さを重視している」という乖離が可視化されると、提案・製品の設計方針が大きく変わることがある。
所要時間
意思決定者1名・利用者1名に対して計60分。2枚並べて完成後、乖離点のリストアップに追加15分を使う。
テンプレート5:デジタル体験用(タッチポイント連動型)
概要
Webサービス・アプリ・デジタルプロダクトの設計改善に特化したテンプレート。ユーザーが特定のタッチポイント(ランディングページ・オンボーディング・特定の機能画面など)を体験する瞬間の感情・思考を詳細に記録する。
構成の特徴
基本4象限に加え、上部に「タッチポイントの特定」を配置する。
┌──────────────────────────────────────┐
│ タッチポイント: [例:初回オンボーディング] │
│ ユーザーがいるフェーズ: [例:サインアップ後3分] │
├─────────────────┬────────────────────┤
│ THINK │ SAY │
│ │ │
├─────────────────┼────────────────────┤
│ DO │ FEEL │
│ │ │
├─────────────────┴────────────────────┤
│ PAIN(摩擦・つまずきポイント) │
│ GAIN(達成感・続けたいと思う瞬間) │
└──────────────────────────────────────┘
活用シーン
- UXリサーチで特定の画面・フローを評価する時
- ユーザーテスト後のデブリーフィングセッション
- A/Bテストの仮説設計前の「ユーザー心理の可視化」
記入のコツ
タッチポイントは「できるだけ具体的な場面」に絞る。 「初回利用時」という広いスコープではなく、「初回利用時のオンボーディング画面で最初のタスクを完了する瞬間」まで絞ることで、記入内容が具体的になる。
DO欄には、実際のユーザーテストで観察された操作の詳細を記録する。「入力に迷った」「何度もヘルプを開いた」「バックボタンを押した」など、画面上の行動を具体的に。
所要時間
一つのタッチポイントに対して30〜45分。ユーザーテスト終了後すぐに記入することを強く推奨する。
5パターンの選び方:早見表
| 状況 | 推奨パターン |
|---|---|
| 初めてエンパシーマップを使う | テンプレート1(基本4象限) |
| インタビューを5回以上実施済み | テンプレート2(拡張6象限)またはテンプレート3(チーム統合版) |
| 複数ユーザーのデータを比較したい | テンプレート3(チーム統合版) |
| BtoBサービスの設計をしている | テンプレート4(BtoB用) |
| アプリ・Webサービスを改善したい | テンプレート5(デジタル体験用) |
| 時間が30分以内しかない | テンプレート1(基本4象限)の一部のみ |
共通する失敗パターン3つ
どのテンプレートを使う場合でも、ワークショップでよく起こる失敗パターンがある。
失敗1:解釈を先に書いてしまう。 SAY欄に「ユーザーは使いやすさを求めている」と書くのは解釈であり、発言ではない。「難しくてよく分からなかった」というユーザーの言葉そのものを書くことが正しい。解釈は後の分析フェーズで行う。
失敗2:全象限を均等に埋めようとする。 特定の象限が空白であることは問題ではない。インタビューで観察できなかった部分を無理やり埋めることの方が、後の分析を歪める原因になる。空白は「まだ分かっていないこと」の正直な表現だ。
失敗3:一人で完成させようとする。 エンパシーマップは、チームで記入し議論するプロセスに意味がある。個人作業で完成させたマップは、チームの共通理解を生まない。
テンプレートを使い終えた後:インサイトへの接続
エンパシーマップはゴールではなく、インサイト抽出への橋渡しだ。マップが完成したら、「このユーザーについて、私たちがまだ理解していないことは何か」という問いを立てる。
その問いが、次のインタビューの設計に活かされ、最終的にHow Might Weの策定につながる。エンパシーマップの価値は、記入した瞬間ではなく、チームがそのマップを見ながら議論した時間の密度で決まる。
エンパシーマップを使った後の手順の詳細についてはエンパシーマッピング ステップバイステップガイドを参照してほしい。組織変革の文脈でのエンパシーマップ活用についてはエンパシーマップを組織変革に活かす実践論にも詳しい解説がある。