ビル・モグリッジ(Bill Moggridge、1943–2012)は、「インタラクションデザイン(Interaction Design)」という言葉を生み出したデザイナーです。デジタル製品の設計に「人間との相互作用」という視点を持ち込み、ソフトウェアとハードウェアを統合して設計するという考え方の先駆者として知られています。
GRiD Compassと最初のラップトップ設計
1982年、モグリッジはGRiD Systemsのためにコンピューター「GRiD Compass」を設計しました。折り畳み式スクリーンを持つこの製品は、世界で初めて「ラップトップ」の形態を確立したコンピューターとして記録されています。
NASAのスペースシャトル計画やアメリカ軍に採用されたGRiD Compassは、技術的先進性だけでなく、携帯性と操作性を設計の中心に置いたという点でも先駆的でした。「コンピューターを持ち運んで使う」という行動パターンそのものを、モグリッジのデザインが可能にしました。
「インタラクションデザイン」の命名
1980年代後半、モグリッジは自身のデザイン実践を表現する言葉を探していました。当時、ソフトウェアインターフェースの設計は「グラフィックデザイン」でも「エンジニアリング」でもない、曖昧な領域にありました。
モグリッジはビル・ベルプラッシュ(Bill Verplank)とともに、この領域を「インタラクションデザイン(Interaction Design)」と命名しました。人間がデジタル製品とどのように「インタラクション(相互作用)」するかを設計する専門分野という定義は、その後の業界標準となります。
この命名は単なる言葉の問題ではありませんでした。「デジタル製品の設計において、ユーザーの行動・思考・感情を中心に置く」という設計哲学を、職能として確立した行為でした。
IDEOの共同創設
1991年、モグリッジはデイヴィッド・ケリーとマイク・ナットールとともにIDEOを共同創設しました。
IDEOは産業デザインと人間中心設計を統合したコンサルティングファームとして急速に成長し、「デザイン思考」を企業のイノベーション手法として広める中心的な役割を果たしました。モグリッジはIDEOのロンドンオフィスを率い、ヨーロッパでのデザイン思考の普及に貢献しました。
Cooper Hewitt館長とデザイン教育
2010年、モグリッジはスミソニアン協会が運営するCooper Hewitt, Smithsonian Design Museumの館長に就任しました。デザイン思考の実践者として著名な人物がデザインミュージアムを率いるという人事は、デザイン教育とパブリックなデザイン文化の形成への貢献として評価されました。
2012年、モグリッジはウルフ賞受賞の数ヶ月後、癌のために69歳で亡くなりました。
著書 Designing Interactions(2007)は、デジタル製品設計の歴史を40名以上のデザイナー・エンジニアへのインタビューで綴った集大成的な記録であり、インタラクションデザインの標準的な参考文献のひとつです。
参考文献
- Bill Moggridge, Designing Interactions, MIT Press, 2007
- Paola Antonelli, “Bill Moggridge, 1943-2012”, MoMA Design Blog, 2012
- Cooper Hewitt Museum, “Bill Moggridge: A Tribute”, cooperhewitt.org, 2012