デザイン思考のワークショップで教わる「共感→定義→発想→試作→検証」というプロセスは、 いつ、誰が「デザインとは専門職の一部の人間だけが行う特殊技能ではない」と言い切ったのか。 その起点にいるのは、建築家でもプロダクトデザイナーでもない。ノーベル経済学賞を受賞した 認知科学者、ハーバート・サイモンだ。
「誰もがデザインする」という宣言
1969年、サイモンは『The Sciences of the Artificial(システムの科学)』でこう書いた。 「望ましい状況へと変えていくための行動の道筋を考案する者は、誰もがデザインを行っている」 (Everyone designs who devises courses of action aimed at changing existing situations into preferred ones)。
この一文が急進的だったのは、対象範囲の広さにある。橋を設計する技術者はもちろん、 患者を診る医師や組織を再編する経営者、政策を立案する行政官まで、サイモンの定義では 「デザイナー」に含まれる。デザインを「見た目や造形を扱う専門技能」から切り離し、 「現状をより望ましい状態へ変えるために道筋を考える、あらゆる人間の行為」として 再定義したのだ。
デザイン思考が今日、建築やプロダクト開発の外側——医療・行政・企業経営——にまで 応用範囲を広げているのは、この定義があらかじめ職業の境界を取り払っていたからに他ならない。
「人工物の科学」——自然科学とは別の学問を作る
サイモンがこの主張を行った背景には、より大きな狙いがあった。自然科学は「すでに 存在するもの」(自然現象)を対象にするのに対し、工学・経営学・建築のような分野は 「人間が作り出すもの」(人工物)を対象にする。ところが当時の大学では、これらの 実務系分野は自然科学に比べて理論的に劣ると見なされがちだった。
サイモンは、人工物を対象にした学問にも自然科学と同じ厳密さを持つ独立した理論体系 ——「人工物の科学(sciences of the artificial)」——が成立しうると主張した。デザインは その中核を担う営みであり、単なる実務スキルではなく、分析可能な認知プロセスとして 研究できる対象だと位置づけたのだ。この視点は、後にナイジェル・クロスらが提唱する 「デザイナリー・ウェイズ・オブ・ノウイング(designerly ways of knowing)」—— デザイナー特有のものの考え方を、科学的探究の対象として扱う研究伝統——の土台になった。
「満足化」——最適解ではなく十分な解を選ぶ
サイモンのもう一つの中心概念が「サティスファイシング(satisficing、満足化)」だ。 人間の認知能力には限界があり(bounded rationality、限定合理性)、あらゆる選択肢を 比較して真の最適解を選ぶことは現実には不可能に近い。そこで人間は、あらかじめ設定した 基準を満たす「十分に良い」選択肢が見つかった時点で探索を打ち切る。これが満足化だ。
この考え方は、デザイン思考の実務と深く共鳴する。プロトタイピングを何度も繰り返して 「完璧な一案」を探すのではなく、検証可能な仮説を持つ「十分に良い」案をまず形にして テストにかけるという反復のロジックは、満足化の発想そのものだ。ラピッドプロトタイピング が「最初から正解を狙わない」ことを前提にできるのは、サイモンが最適化への固執を 理論的に手放してみせたからでもある。
後続への影響——厄介な問題からデザイン思考運動へ
サイモンの人工物の科学は、1973年にホルスト・リッテルとメルヴィン・ウェバーが発表した 「厄介な問題(wicked problems)」論の前提を用意した。リッテルらは、デザインが 扱う問題の多くが自然科学の問題のように明確な解を持たず、利害関係者ごとに問題の 定義そのものが食い違う、と指摘した。この議論自体、「デザインを分析可能な認知プロセスと して扱う」というサイモンの枠組みなしには成立しなかった。
さらに、リチャード・ブキャナンが1990年代に体系化した「デザインの4領域論」や、 デビッド・ケリーがIDEO・スタンフォードd.schoolで実践知として広めた 「デザイン思考」も、根をたどればサイモンの「デザインは専門職に閉じた特殊技能ではない」 という宣言に行き着く。ケース・ドルストのフレーム・クリエーション理論 が「問題は現場で構築される」と論じるのも、デザインを客観的な認知プロセスとして 扱えるという前提の上に立っている。
なぜ今、サイモンに立ち返る価値があるのか
デザイン思考が「共感マップ」「HMW」「プロトタイピング」といった個別ツールの集合として 語られるほど、その根にある思想——デザインとは特殊技能ではなく、望ましい未来へ向けて 行動の道筋を考えるという、あらゆる仕事に共通する営みだ——は見えにくくなる。ツールを 覚える前に、なぜこの一連のプロセスが「専門家だけのもの」ではないのかを、サイモンの 原典に立ち返って理解しておくことは、手法の奥にある論理を見失わないための足場になる。