ジャン・リードカ

デザイン思考を戦略経営に統合した研究者。『Designing for Growth』でデザイン思考をビジネスパーソンが使えるツールとして体系化し、組織変革への応用を拓いた。

ジャン・リードカ(Jeanne Liedtka)は、デザイン思考と戦略経営を橋渡しした研究者です。バージニア大学ダーデン・スクール・オブ・ビジネスの教授として、「デザイン思考は創造性の高いデザイナーのためだけのものではなく、ビジネスリーダーが使える意思決定フレームワークだ」という主張を研究と実践の両面で展開してきました。

「誰でも使えるデザイン思考」への翻訳

リードカの最大の貢献は、スタンフォードd.schoolやIDEOが体系化したデザイン思考を、経営者・マネージャー・中間管理職が組織の中で実践できる形に翻訳したことにあります。

IDEOやd.schoolのフレームワークは、プロのデザイナーや学生が習得する前提で設計されています。「共感」「プロトタイプ」という言葉は、デザインの文脈では自明ですが、製造業の品質管理部門や金融機関の営業チームには、翻訳が必要です。

リードカの著書『Designing for Growth: A Design Thinking Tool Kit for Managers』(2011年、コロンビア大学出版)は、この翻訳を実現したテキストです。「What is?(現状は何か)」「What if?(もし〜ならどうなるか)」「What wows?(何が刺さるか)」「What works?(何が機能するか)」という四つの問いで構成されるフレームワークは、デザイン思考の5フェーズを「ビジネスの問いかけ」として再記述したものです。

認知バイアス軽減としてのデザイン思考

リードカの研究でもうひとつ注目すべきは、デザイン思考の効果を「認知バイアスの軽減」として実証的に分析した点です。

2015年に Journal of Product Innovation Management に発表した論文「Perspective: Linking Design Thinking with Innovation Outcomes through Cognitive Bias Reduction」では、デザイン思考のプロセスが確証バイアス・利用可能性バイアス・現状維持バイアスなど、組織の意思決定を歪める認知バイアスをどう低下させるかを整理しました。

「デザイン思考が機能する理由」を感情的・文化的な説明ではなく、認知科学的なメカニズムとして説明したこの研究は、経営者やアカデミックな読者への説得力を高めました。

『Experiencing Design』と体験学習

2021年の著書 Experiencing Design: The Innovator’s Journey(Tim Ogilvie, Kate Kaplan, David Reznikとの共著)では、デザイン思考を「習得するもの」ではなく「体験を通じて変容するもの」として提示しています。

知識として学ぶだけでは不十分であり、実際の問題に対してプロセスを走らせることで初めて身体化されるという主張は、デザイン思考教育の設計に大きな示唆を持ちます。

組織変革においても同様の主張が貫かれています。「デザイン思考の研修を受けた」という状態と「デザイン思考を日常の意思決定に使っている」という状態の間には大きなギャップがあり、そのギャップを埋めるのは「体験」の蓄積だとリードカは主張します。


参考文献

  • Jeanne Liedtka & Tim Ogilvie, Designing for Growth: A Design Thinking Tool Kit for Managers, Columbia Business Press, 2011
  • Jeanne Liedtka, “Perspective: Linking Design Thinking with Innovation Outcomes through Cognitive Bias Reduction”, Journal of Product Innovation Management, Vol. 32, No. 6, 2015
  • Jeanne Liedtka, Tim Ogilvie, Kate Kaplan & David Reznik, Experiencing Design: The Innovator’s Journey, Columbia Business Press, 2021
  • Darden School of Business faculty profile, darden.virginia.edu