ケース・ドルスト

『問題は実践者が現場でつくるものだ』という洞察を理論化したデザイン研究者。主著『Frame Innovation』(2015年、MITプレス)で体系化した「フレーム・クリエーション」は、行き詰まった問題を別の視点(フレーム)で読み替え、新しい解決の方向性を切り開く手法として、デザイン思考の定義フェーズを一段深める理論的支柱になっている。

なぜ、POV文を書いてもHow Might We(HMW)を回しても、出てくるアイデアがどこか凡庸なままなのか。ケース・ドルスト(Kees Dorst)は、実践者が問題にどう向き合うかにこそ停滞の理由があると見出した研究者だ。

「問題は発見されるのではなく、構築される」

ドルストの議論の出発点は単純だが、強い。問題は現場にあらかじめ転がっているものではなく、実践者が特定の視点(フレーム)を通して初めて「問題として立ち上がる」、という見方だ。

同じ状況を目の前にしても、「これは在庫管理の問題だ」と見る人と「これは従業員の意思決定の問題だ」と見る人とでは、その先に導かれる解決策がまったく違う方向を向く。どちらが「正しい」かではなく、どのフレームを選ぶかによって、問題の輪郭そのものが変わる——これがドルストの中心命題だ。

この考え方は、共感フェーズで集めた観察データをPOV文に落とし込む作業とは、似ているようで階層が違う。POV文は「ユーザーは〜を必要としている、なぜなら〜だから」という1つのフレームの中で問題を明文化する作業だ。一方でドルストが提示するフレーム・クリエーションは、そのフレーム自体を複数生成し、選び直す、一段上の作業になる。

経歴とデザイン研究の系譜

ドルストはオランダのデルフト工科大学を拠点に、長年デザイナーの思考プロセスを実証的に研究してきた。デザインという行為を「センス」や「才能」の産物として片付けず、観察と分析によって記述可能な認知的プロセスとして扱う——これはナイジェル・クロス(Nigel Cross)らが切り開いた「デザイナリー・ウェイズ・オブ・ノウイング(designerly ways of knowing)」の研究伝統に連なる立場だ。

重要なのは、ドルストの理論が机上の観察だけから生まれたわけではないことだ。彼自身、実務家としてデザインプロジェクトに関わった経験を持ち、「型どおりの問題定義をこなしても、なぜか突破口が見えない」という現場の停滞を繰り返し目撃してきた。フレーム・クリエーションは、その停滞を説明し、抜け出すための理論として組み立てられている。

この背景は、定義フェーズを「観察データを整理してPOV文を1本書けば終わり」という直線的な作業だと捉えがちな実務者にとって、重要な補助線になる。定義フェーズの本当の難所は、データを整理することではなく、そのデータをどのフレームで読むかを選び直すことにある、とドルストは指摘しているからだ。

フレーム・クリエーションの実践ステップ

主著『Frame Innovation: Create New Thinking by Design』(2015年、MITプレス)でドルストが示すプロセスは、おおよそ次の流れをたどる。

出発点は状況の観察とアーカイブだ。問題に関わるステークホルダーの発言・行動・過去の失敗した打ち手を、既存の前提を疑いながら丹念に集め直す。ここでの問いはひとつしかない。「なぜ今のフレームでは解けないのか」。

次に来るのが類推によるフレームの導入だ。直接の解決策を探すのではなく、まったく別の文脈・別の業界の成功パターンから「見立て」を借りてくる。仮に、ある店舗の万引き対策という問題を考えてみよう。「治安維持」というフレームで捉えれば警備の強化に向かうが、「歓迎されている実感を演出する接客」というフレームで読み替えれば、まったく違う解決の道筋が開ける。フレームを転換すると解決策の向かう先が変わる——この筋道を示す一例として考えるとわかりやすい。

借りてきたフレームは、実際の場面に当てはめて関係者にとって現実的に機能するかを確かめるフレームの検証という工程を経て、初めて次の工程に進める資格を得る。思いつきのままでは終わらせない。

検証を通過したフレームをもとに、それまで見えていなかった解決の方向性を具体化していく。これが最後の工程、新たな解決の方向性の生成だ。

POV文・HMWとの関係

デザイン思考の実践者にとって、フレーム・クリエーションはPOV文How Might Weが「1つのフレームの内側」でうまく機能しないとき——何度書き直しても筋の良い問いが立たないとき——に、一段上に上がってフレームそのものを疑い直すための道具として位置づけるとわかりやすい。

問題フレーミングの実践ガイドが扱う「問いの立て方」の議論とも接続する。POV文が問いの「文面」を整える作業だとすれば、フレーム・クリエーションは問いの「土台」を選び直す作業にあたる。

実践者への示唆

ワークショップの型を何度も回してきたファシリテーターほど、フレーム・クリエーションから得るものは大きい。「手順は守っているのに、最近のアウトプットがどれも似たり寄ったりだ」と感じたら、それはPOV文の書き方の問題ではなく、同じフレームの中で何度も問題を再定義し続けている、という兆候かもしれない。

そのときに試せる具体的な一歩は、「この問題を、まったく別の業界の人ならどう名付けるか」を意図的に問うことだ。医療の問題を教育の言葉で読み替える、物流の問題を接客の言葉で読み替える——フレームの引っ越しは、思いつきのブレインストーミングよりも構造的に、行き詰まりを崩す。

(余談だが、フレームを疑うという発想自体は目新しくない。ドルストの功績は、それを「センスの良いファシリテーターの勘」から引き剥がし、誰でも辿れる手順に落とし込んだところにある。)


主要著作

  • Kees Dorst, Frame Innovation: Create New Thinking by Design, MIT Press, 2015

参考文献

関連記事: ポイント・オブ・ビュー(POV)文 / 問題フレーミングの実践ガイド / デザイン思考の定義フェーズ