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なぜ最新のAI農業ツールは畑に放置されるのか——デザイン思考が教える現場定着の設計

スマート農業のIoT/AIツールが導入後に使われなくなる現象を、デザイン思考の共感フェーズの欠落として読み解く。観察単位を農家個人ではなく水利・共同作業を担う集落に引き直すことで、現場に定着する農業DXの設計手順を示す。

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こんな光景を思い浮かべてほしい。高原野菜の産地、レタス畑の畝から少し離れた場所に、白いケースに入った土壌センサーが転がっている。表示ランプはとうに消え、周りには夏草が絡みついている。数十万円、時に100万円を超える投資をして導入されたはずのIoT機器が、こうして「置物」になっている光景は、スマート農業の現場で珍しくない。水稲でも施設園芸でも、機器の種類が違うだけで同じ光景に出会う。

性能の問題ではない。開発側がユーザーの生活と判断のリズムを十分に観察しないまま、設計を進めてしまうことに答えの多くはある。ユーザーの行動や環境を深く理解することから設計を始める考え方——デザイン思考——は、この観察の工程を「共感フェーズ」と呼ぶ。多くのスマート農業プロジェクトが、ここを飛ばしたまま機能設計に進む。本稿ではデザイン思考の実践知の側から、この「導入したのに使われない」構造を読み解く。そしてこの記事が最も伝えたい点はここにある。共感フェーズで見るべき「ユーザー」の単位は、農家一人ひとりではなく、水利や作業を共にする集落そのものだ。

農林水産省が令和元年度から実施してきた「スマート農業実証プロジェクト」(全国217地区で展開)では、品目・作業ごとの労働時間削減効果が農林水産省の公表資料上で整理されている一方、導入後に現場でどれだけ使われ続けているかという継続利用の実態は、公的統計として十分に可視化されていない。補助金を使って導入まではこぎつけても、しばらくすると使われなくなる機器があるという声は、農業DXの現場で繰り返し聞かれる。これは特定の企業や地域だけに起きる例外ではなく、構造的に起きやすいパターンだ。

スマート農業の「導入したのに使われない」問題の正体

補助金主導の普及と「使われる」ことの違い

補助金は、導入のハードルを下げる目的では有効に機能する。実際の制度は労働生産性の向上など成果指標を伴う設計になっているものも多いが、対外的に語られやすいのは「何台導入されたか」「普及率がどれだけ上がったか」という分かりやすい数字だ。導入時点の数字が注目される一方、機器が数ヶ月後にどう使われているかは、同じ熱量では追跡されにくい。

しかし農家にとっての価値は、導入した瞬間ではなく、日々の作業の中で機器がどう役立つかにある。導入と定着はまったく別の指標であり、前者だけを追いかけると、後者の失敗が見えないまま次の予算サイクルに進んでしまう。

機能中心設計が見落とす、農家の身体知・勘・世代間の知恵継承

生育予測AIや土壌センサーの多くは、「精度の高いデータを提供すれば農家の判断が改善する」という前提で設計されている。土を触った時の湿り気。朝の空気の匂い。風の向き。長年その土地で作物を育ててきた農家は、こうした感覚的な手がかりから、一定の確からしさで判断を下しており、それが数値化されないまま蓄積されている。

この判断は個人の勘というより、親から子へ、先輩から後輩へと集落の中で受け継がれてきた知恵の体系に近い。数値データはこの体系を補強することはできても、まるごと置き換えることは難しい。機能を積み増すほど、この身体知との接続はかえって希薄になる——高機能化と現場定着が反比例するという逆説は、農業DXの現場で繰り返し観察される構図だ。

他業界(ヘルスケア)の類似失敗パターンとの共通点

似た構図は農業に限らない。電子カルテ(EHR)の記録負担については、臨床情報学分野の学術誌(Journal of the American Medical Informatics Association)に掲載されたスコーピングレビューでも、供給側が想定した入力フローと医師・看護師の実際の記録行動がかみ合わない点が繰り返し課題として取り上げられている。業種は違っても、供給側の機能設計が先行し、使い手の行動観察が後回しになるという骨格は共通しており、ツールの完成度と現場での定着率は必ずしも比例しない。

共感フェーズを「同行観察」で実装する

アンケート・ヒアリングでは拾えない「暗黙の判断基準」

「この機器は使いやすいですか」と聞けば、多くの農家は礼儀正しく「便利だと思います」と答えるだろう。だがアンケートやヒアリングは、本人が自覚し、言語化できる範囲の情報しか拾えない。

長年の経験に基づく判断の多くは、当人にとって当たり前すぎて、質問されても言葉にならない。いつ畑に出て、何を見て、どのタイミングで作業を切り上げるか——この暗黙の判断基準こそが設計の出発点になるはずだが、質問紙の外側に置き去りにされやすい。

早朝からの同行観察で見えてくる一日の作業リズムと意思決定ポイント

この手法自体は新しくない。1999年に放送された米ABCニュースの企画「The Deep Dive」で、IDEOがわずか5日間の制約の中でショッピングカートを再設計した際も、実際に店舗で買い物をする人々の動きをつぶさに観察するところから作業を始めている。もっとも、そのまま農業DXに輸入できる話ではない。ショッピングカートは店内の数分単位の行動が観察対象であり、5日間あれば相応の事例数が集まる。農家の判断は季節・天候・集落の人間関係にまたがる時間軸の中で積み上がっており、短時間の行動観察だけでは再現できない。農業DXの現場に置き換えるなら、開発者や自治体担当者が収穫期の数日間、できれば複数の作業の節目にまたがって実際に農家の一日に同行し、判断がどのタイミングで、何を根拠に下されているかを見ることに当たる——IDEOの5日間よりも長い時間軸を要求される作業だ。

高原レタスの収穫期を例に想像してみよう。朝5時前の出荷判断が最初の山場になる。腰にタオルを掛け、畝のあいだを歩きながら葉の色や巻きの固さ、土の湿り気を確かめる——そんな仕草が思い浮かぶ。数値化されたセンサー表示だけでは代替しにくい、身体感覚に基づく判断だ。この時間、この動作の中にこそ、意思決定の瞬間が埋め込まれている。スマートフォンを取り出して画面を確認するという行為自体が、この一連の流れにどれほど不自然に割り込むかは、同行しなければ実感しにくい。

もっとも、この同行観察には現実的な壁がある。数日分の人件費や移動費を誰が負担するのか、単年度予算の実証事業でそもそも観察に割ける工数が確保できるのか、という問いだ。ここへの現実解は、対象を1〜2集落に絞り込み、実装フェーズの試作コストを削ってでも観察に予算を回すという配分の見直しにある。共感フェーズを削って機能を増やすより、機能を削って観察に時間を割いた方が、結果的に定着率で回収できる。

集落・共同体という単位を無視した個人向け設計の落とし穴

農業は一見、個人単位の作業に見える。実際には、土地改良区が管理する用水路の水利調整、集落単位で日程を揃える共同防除、収穫期の手伝いなど、相互扶助によって成り立っている場面が多い。

一軒だけを対象にツールを試験導入しても、周囲との足並みが揃わなければ効果は限定的になり、口コミによる自然な広がりも起きにくい。個人向けのプロダクト設計をそのまま持ち込むと、この共同体という単位を見落としたまま検証が進んでしまう。

現場に定着するプロトタイプの作り方

「新しい画面」ではなく「既存動線への統合」という設計原則

新しい機能を作るとき、多くの開発チームは新しいアプリや専用画面を用意しようとする。農家の生活には、そんな画面はもともと存在しない。毎朝それを開く習慣を身につけること自体が、負担になる。実証事業のよくある失敗パターンがこれだ。操作性を練り込んだ専用アプリを用意しても、初回だけ使われてその後開かれなくなる、という結果に終わるケースは珍しくないと言われる。原因は使いにくさではなく、そもそも「新しい画面を毎朝開く」という行動が、農家の一日の動線に存在していなかったことにある。

この失敗を他人事として書けるわけではない。デザイン思考の伴走支援に携わる中で、似た光景を何度か目にしてきた。「見やすさ」を追求してダッシュボード画面を作り込んだプロジェクトで、配布後のアクセスログを見ると、画面が開かれたのは説明会当日だけで、その後はほぼ動きが止まっていた——というケースだ。原因は画面の出来ではなく、それを開くタイミングを利用者の一日のどこにも組み込んでいなかったという、ごく単純な見落としだった。共感フェーズを丁寧にやったつもりでも、「動線に載せる」という一点を飛ばせば、設計側は同じ失敗を繰り返す。

すでに毎朝チェックしている天気予報や、地域の無線放送に情報を重ねて届けるほうが、行動変容を求めずに定着しやすい。新しい習慣を作らせるのではなく、既存の動線に情報を割り込ませる設計のほうが、現場での摩擦は小さい。

集落単位の小規模プロトタイプ→検証→拡大という進め方

共感フェーズで見えてきた作業リズムをもとに、いきなり広域展開するのではなく、まず一つの集落で小規模なプロトタイプを試す。数週間の期間で反応を見て、うまくいかない部分を素早く修正し、それから次の集落に展開範囲を広げていく。

小さく試して検証し、それから広げるこの進め方は、失敗のコストを小さく抑えながら、集落ごとの慣習の違いにも対応できる。一気に予算を使い切る大規模導入よりも、地味だが着実に定着率を積み上げられる。

定着を測る指標を「導入数」から「継続利用率」に変える

最後に見直すべきは、成果指標そのものだ。導入台数や補助金の執行率は、プロジェクトの立ち上げ段階では追いやすい数字だが、現場での価値を測る指標としては不十分である。

三ヶ月後、半年後にどれだけの農家が実際に機器を使い続けているか——継続利用率を主要な指標に据えることで、初めて「使われるツール」を作る動機がチーム全体に共有される。

畑の隅で雨ざらしになっているセンサーは、技術の失敗ではなく、観察の不足を映す鏡だ。共感フェーズを飛ばして機能を積み上げても、現場には定着しない。そして観察の対象を個々の農家に絞っている限り、その鏡は曇ったままだ。ユーザーの単位を集落に引き直したときに初めて、水利や相互扶助まで含めた「使われ方」が見えてくる。

あなたのチームが最後に、ユーザーの一日、そしてその周りの集落に丸ごと同行したのはいつですか。次の農業DXプロジェクトの一歩目は、要件定義書を書き始める前に、その問いに答えることから始まる。

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