デザイン思考 スマートシティ・都市イノベーション|ヘルシンキ・バルセロナ・シンガポール3都市の実践
スマートシティへのデザイン思考適用を3都市の実例から解説。ヘルシンキのMyData市民参加、バルセロナのスーパーブロック、シンガポールのTech Kakiコ・デザインが示す「市民を設計者にする」都市変革の手法を紹介します。
スマートシティへのデザイン思考適用を3都市の実例から解説。ヘルシンキのMyData市民参加、バルセロナのスーパーブロック、シンガポールのTech Kakiコ・デザインが示す「市民を設計者にする」都市変革の手法を紹介します。
スマートシティの議論は、ともすれば「センサーの数」や「データ活用の高度さ」に集中しがちです。しかし実際に機能している都市変革の事例を見ると、共通して浮かぶのは別の問いです。「誰のために、誰と一緒に設計しているか」——この問いに明確に答えているかどうかが、スマートシティの成否を分けている。
本記事では、ヘルシンキ・バルセロナ・シンガポールという3つの都市が、デザイン思考の核心である「共感と共同創造」をどう都市規模に拡張したかを読み解きます。
技術主導のスマートシティプロジェクトが失敗するとき、原因はほぼ共通しています。問題を住民から聞かずに行政や企業が設計し、住民は「サービスを受け取る側」として最後に登場する——この構造です。
デザイン思考の言葉でいえば、「共感フェーズを省いた解決策の設計」です。どれほど洗練されたセンサー網やAI分析基盤を構築しても、住民が本当に困っていること、本当に必要としていることがズレたまま実装されれば、利用されないシステムが積み上がるだけです。
成功している都市が示す方法論は、技術の話をする前に「誰の問題を解くか」を丁寧に問うプロセスにある。その実践を3都市から見ていきます。
ヘルシンキ市が2020年代初頭から推進したMyDataイニシアティブは、「市民が自分のデータをコントロールする」という設計思想から出発しています。
出発点は技術的な問いではありませんでした。「市が保有する市民データを、誰のために、どのように使うか」という倫理的・人間的な問いです。この問いに答えるために、ヘルシンキ市のサービスデザインチームが実施したのは、Design Toolkitを使ったワークショップです(2020年8月)。住民、企業、行政担当者が同じテーブルに着き、「自分のデータが使われるとき、何を期待するか、何を恐れるか」を対話する場を設計しました。
ポイントは「仕様決定の前に共感収集を置いた」順序にあります。 データ活用の技術設計を先に固めて住民に提示するのではなく、住民の期待と懸念を収集したうえで技術要件を設計する——この逆転がMyDataの核心です。
結果として実装されたのは、個人データを「分散管理」することでデータ漏洩リスクを低減しながら、住民が同意した範囲でサービス改善に使えるという仕組みです(運用はVastuu GroupとFujitsu Finlandが担う)。市民がデータの「提供者」だけでなく「設計の参加者」として扱われた点が、従来のスマートシティアプローチと根本的に異なります。
バルセロナのスーパーブロックプログラムは、9ブロックをひとつの「スーパーブロック」として再定義し、内部道路を歩行者・自転車専用空間に転換する都市変革プロジェクトです。C40 Citiesの報告では、実施済みエリアで歩行者空間が23ヘクタール超に拡大し、住民は「静穏・睡眠の質・社会的交流の増加」を体感していると記録されています。
このプロジェクトで特徴的なのは、「全フェーズにわたる市民参加」の設計です。バルセロナ市は計画の策定段階から、周辺住民・商店主・通勤者という異なるステークホルダーのインタビューと観察を実施しました。「車を減らせ」という要求の背後に「騒音と排気ガスが子どもの遊び場を奪っている」という具体的な課題があること、商店主には「通行量が減って客が来なくなる」という懸念があること——これらを可視化してから、インターベンションの設計を行っています。
「タクティカル・アーバニズム(戦略的都市主義)」として知られる、低コスト・高速実験のアプローチも、デザイン思考のプロトタイプ哲学と重なります。 最初から大規模な工事を行うのではなく、一部のブロックで仮設的な変更(ペイント・プランター・簡易ベンチ)を行い、住民の反応を見ながら設計を改善する。この「小さく試して、学んで、広げる」サイクルが、バルセロナのプロジェクトが住民の反発を最小化しながら変革を進めた方法です。
ただし、IJURR(International Journal of Urban and Regional Research)の2024年論文が指摘するように、スーパーブロックは高所得層が流入しやすいエリアで優先実施される傾向があり、社会経済的な偏在への批判もあります。「誰の問題を解いているか」の問いは、実装後も問い続ける必要があります。
シンガポールのGovTech(政府技術庁)が運営するTech Kakiは、政府のデジタルサービス開発に市民を直接参加させる仕組みです。「Kaki」はシンガポールのマレー語スラングで「仲間」を意味します。
Tech Kakiのプロセスは、デザイン思考の共感フェーズを行政規模で実装したものとして解釈できます。住民がオンラインコミュニティに参加し、政府サービスの新機能や改善案に対してフィードバックを提供する。A/Bテストへの参加、ユーザビリティテストへの招待、政策案へのコメントが、継続的に収集されます。
さらに同様の仕組みCrowdTaskSGでは、市民がアンケートやテストタスクをこなすことで、直接政策立案に関与します。GovTechの取り組みでは、Punggol Digital Districtという新都市地区の開発において、Open Digital Platform(ODP)というIoTインフラの設計段階から住民・企業・研究機関が協働するプロセスを採用しました。
シンガポールのアプローチが示す示唆は、「コ・デザインを一過性のイベントにしない」点にあります。 Tech KakiやCrowdTaskSGは常設のプラットフォームであり、特定プロジェクトのためだけに市民を招集するのではなく、継続的に市民の声が設計プロセスに流れ込む仕組みが構築されています。
3都市の実践を横断すると、スマートシティへのデザイン思考適用に共通する設計原則が浮かびます。
「技術の前に問いを立てる」原則。 ヘルシンキはデータ活用の技術仕様より先に「住民の期待と懸念」を収集しました。バルセロナは道路設計の前に「誰がどんな理由で困っているか」を観察しました。シンガポールは新都市開発の前から市民との対話プラットフォームを動かしています。
「プロトタイプで学ぶ」原則。 バルセロナのタクティカル・アーバニズムは、都市スケールでのプロトタイプ実験です。変更の前に住民への影響を完全に予測しようとするのではなく、小さな実験から学んで改善する。この姿勢は、デザイン思考の「早期プロトタイピング」をそのまま都市規模に適用したものです。
「ステークホルダーの多様性を設計に組み込む」原則。 スマートシティに影響を受けるのは、富裕層から低所得者層まで、若者から高齢者まで、多様な属性の住民です。3都市の設計プロセスは、この多様性を「参加者リスト」として明示し、特定のグループだけが参加するワークショップを意図的に避けています。
都市全体の変革は遠く見えますが、デザイン思考のスマートシティ実践から学べることは、地域のまちづくり組織、自治体の部署単位、企業の地域プロジェクトにも直接転用できます。
まず「誰に」から始める。 問題を抱えている人を特定し、その人たちと対話するセッションを設計する。100人でなく5人から始める。
プロトタイプを「実験」と呼ぶ。 「試験的に3ヶ月やってみる」という枠組みで小さく実施する。失敗しても「学び」として位置づけることで、組織内の抵抗を減らせます。
継続的な対話の仕組みを設計する。 コ・デザインの一番の失敗は「一回やって終わり」の形式主義です。住民や利用者の声が常に設計にフィードバックされる仕組みを、最初から埋め込んでおく。
ヘルシンキ・バルセロナ・シンガポールの事例は、スマートシティの成功が「どれだけ先進的な技術を使うか」より「誰と一緒に、誰のために設計したか」に依存することを示しています。
デザイン思考の5フェーズ——共感・定義・発想・プロトタイプ・テスト——は、都市という複雑な系を扱うときほど、その価値が際立ちます。問題が複雑なほど、「仮定からではなく対話から始める」原則が効く。これが3都市の実践が共通して示すことです。
デザイン思考の基本フレームワークはデザイン思考とは何かを、市民共感フェーズの手法詳細は共感フェーズ——ユーザーを深く理解するを参照してください。