エツィオ・マンジーニ

サステナビリティとソーシャルイノベーションの文脈でデザインを再定義したイタリアの研究者。DESIS Network(2009年創設)を通じて、市民・コミュニティ・デザイナーが協働して社会課題を解決する「コラボレイティブ・サービス」の理論と実践を世界規模で広めた。著書『Design, When Everybody Designs』はソーシャルデザインの基礎文献。

エツィオ・マンジーニ(Ezio Manzini、1945年生まれ)は、デザインをプロダクトの美学的・機能的完成から解放し、社会変革のプラットフォームとして再定義したイタリアの研究者だ。ミラノ工科大学(Politecnico di Milano)で長年教鞭をとり、2014年に退官後は名誉教授の肩書のもと、世界規模のデザイン研究ネットワークの活動を続けている。

経歴と思想的軌跡

建築・デザイン教育を受けたマンジーニは、1980年代から材料・技術・デザインの関係を問い直す研究を始めた。1989年の著書 The Material of InventionLa materia dell’invenzione)では、素材そのものが持つデザインの可能性を論じ、産業素材の文化的・審美的な意味を再評価した。これはのちの「サステナビリティとデザイン」という問いへの思想的な準備だった。

1990年代に入り、マンジーニは関心を急速に「どうつくるか」から「何のためにつくるか」へと移行させる。環境負荷・資源消費・社会的公正という文脈でデザインを問い直す研究が本格化し、「持続可能な社会に向けてデザインはどう機能できるか」という問いがその後の全研究の軸になった。

ポリテクニコ・ディ・ミラノにデザイン学部が確立される過程で、マンジーニは教育・研究の中核を担った。同大学はプロダクトデザインからサービスデザイン・戦略デザインへと研究領域を拡張し、マンジーニはその方向性の形成に深く関与した。

DESIS Network の創設

2009年、マンジーニは DESIS Network(Design for Social Innovation and Sustainability)を創設した。これは「デザインを通じた社会イノベーション」を探求する大学・研究機関のグローバルネットワークであり、現在も世界各地の大学・デザインスクールを拠点として活動している。

DESISの前提にある問いは明快だ。「専門的なデザイナーだけが設計する時代は終わった。市民・コミュニティ・行政・企業が協働してサービスや社会システムを設計する時代に、専門家としてのデザイナーはどのような役割を担うべきか」。

マンジーニはこの問いに対して、デザイナーを「設計の実行者」から「社会的対話の促進者・プロセスの設計者」として再定義した。この転換は、デザイン思考における「ファシリテーターとしてのデザイナー」という役割認識と深く重なっている。

DESIS Network は現在、アジア・ヨーロッパ・北南米・アフリカの大学・デザインスクールを包括するグローバルなコミュニティとして機能している。

主著『Design, When Everybody Designs』

マンジーニの思想を最も体系的に示した著書が、2015年にMITプレスから刊行された Design, When Everybody Designs: An Introduction to Design for Social Innovation(原題 Quando tutti fanno design, 2013年イタリア語初版)だ。

タイトルの「誰もがデザインする(When Everybody Designs)」は、挑発的な宣言だ。ユーザーが受け取るだけの存在ではなく、市民・コミュニティが積極的にサービスや生活様式を設計する主体になりつつあるという現実認識を起点に、専門的デザイナーの役割の再定義が展開される。

マンジーニは本書の中で、現代社会に登場している「コラボレイティブ・サービス」の事例を豊富に分析している。カーシェアリング・コミュニティガーデン・時間銀行・DIYコミュニティなど、市民が自発的に組織するサービスは、従来の「市場が提供するサービス」でも「国家が提供する公共サービス」でもない第三の領域を形成している。

マンジーニはこれを「連結型個人(connected individuals)が組織する小規模で持続可能な地域サービス」と位置づけ、デザインが支援・拡張できる社会的実験の場として評価した。

本書が提示するデザイナーの2つの役割は実践的に重要だ。

ディフューズ・デザイナー(Diffuse Designer) は、デザイン専門の訓練を受けていないが日常の課題解決において創造的な行動をとる市民・ユーザーを指す。人々は常に何らかの意味でデザインを実践しており、専門家はその活動を支援・拡張する立場にある。

エキスパート・デザイナー(Expert Designer) は、専門的な訓練と視野を持ちながら、ディフューズ・デザイナーの活動を観察し、学び、彼らの実践を社会的に拡張する触媒として機能する。

この2者の関係性の設計こそが、社会イノベーション文脈でのデザイン思考の核だとマンジーニは論じている。

サステナビリティとデザイン

マンジーニの研究において「サステナビリティ」は、環境負荷の削減という技術的問題にとどまらない。それは「どのような生活様式が長期的に継続可能か」という文化・社会・政治の問いだ。

マンジーニが繰り返し参照する概念が「スロー・コンセプト(Slow Concept)」だ。大量生産・大量消費・短サイクルの「ファスト・ソリューション」に対して、地域性・持続性・コミュニティの関与に基づく「スロー・ソリューション」をデザインはどう実現できるか、という問いだ。

この問題意識は、デザイン思考の定義フェーズで「本当に解くべき問いは何か」を問い直す習慣と親和性が高い。環境負荷を減らすという表層的な問いから「人々はどのような生活の質を求めているか」という深い問いへ掘り下げる作業は、まさに定義フェーズの実践だ。

社会イノベーションとデザイン思考の接続

マンジーニの研究は、デザイン思考が企業の製品・サービス開発というコンテキストを超えて、社会課題・行政・コミュニティ形成に適用される際の理論的基盤を提供している。

ダブルダイヤモンドの「問題の定義」と「解決策の開発」という構造は、マンジーニが言う「社会課題の文脈でも問題の設定そのものがデザインの作業だ」という認識と一致する。「コミュニティが抱える課題は、外から与えられた定義では解けない」——この認識がソーシャルイノベーションとデザイン思考を接続する共通言語だ。

また、マンジーニの「連結型個人」という概念は、デザイン思考のワークショップにおける参加者の多様性の重視と直接につながっている。問題の当事者・多様なバックグラウンドを持つ市民がデザインプロセスに参加することで、専門家だけでは見えない問題の層が現れる。

ミラノとデザイン研究のエコシステム

マンジーニがポリテクニコ・ディ・ミラノに長く拠点を置いたことには、文脈的な必然性がある。ミラノは20世紀を通じてプロダクトデザイン・ファッション・建築の集積地として発展し、デザインを「文化的実践」として問い直す土壌を持っていた。

その環境の中で、マンジーニは「デザインの技術的卓越性」への敬意を保ちながら、同時にデザインの社会的責任と可能性を問い続けた。この両立がマンジーニの研究に独自の奥行きを与えている——卓越した実装への問いと、その実装が社会に何をもたらすかという問いを同時に持ち続ける姿勢だ。

デザイン思考実践者への示唆

マンジーニを知ることで、デザイン思考の適用範囲と哲学的な根拠について理解が広がる。

社会課題へのデザイン思考適用の根拠。 「デザイン思考は企業向けの手法だ」という誤解に対して、マンジーニの研究は「コミュニティ・行政・社会システムの設計こそデザインの歴史的な本来領域だ」という応答を提供する。

当事者参加の設計論。 ユーザーインタビューや共創ワークショップという実践が「なぜ有効か」の理論的根拠が、マンジーニの「ディフューズ・デザイナー」概念にある。課題の当事者はすでにデザイン的に思考している——専門家はその思考を可視化・拡張する役割を担う。

「解決策」より「関係性の設計」。 マンジーニが提示するコラボレイティブ・サービスの多くは、単一の解決策ではなく「誰が・どのように関わり合うか」という関係性の設計によって持続する。この視点はサービスデザインとエスノグラフィー実践に実質的なヒントを与える。


主要著作

  • Ezio Manzini, Design, When Everybody Designs: An Introduction to Design for Social Innovation, MIT Press, 2015(原題: Quando tutti fanno design, Einaudi, 2013)
  • Ezio Manzini & François Jégou, Sustainable Everyday: Scenarios of Urban Life, Edizioni Ambiente, 2003
  • Ezio Manzini, The Material of Invention, MIT Press, 1989(原題: La materia dell’invenzione, 1986)
  • Ezio Manzini, Politics of the Everyday, Bloomsbury Visual Arts, 2019

参考文献

  • Ezio Manzini, Design, When Everybody Designs, MIT Press, 2015
  • Ezio Manzini & François Jégou, Sustainable Everyday, Edizioni Ambiente, 2003
  • DESIS Network: https://www.desisnetwork.org
  • Politecnico di Milano, Design School: Faculty profile records

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