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任天堂Switch開発のデザイン思考:「どこでも遊べる」を再定義した共感フェーズ

Wii Uの失敗から任天堂はどう立ち直ったのか。「ゲームは家で一人でやるもの」という前提を疑い、Switchを生んだ共感フェーズとプロトタイピングの試行を解説する。

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2017年3月に発売された任天堂Switch(ニンテンドースイッチ)は、2025年時点でシリーズ累計販売台数が1億5000万台を超えるプラットフォームになりました。しかしその前身となった「Wii U」(2012年発売)は、累計販売台数1360万台という、任天堂の歴史の中でも最低水準の失敗作でした。

この転換は偶然ではありません。Switchの開発プロセスには、デザイン思考の核心にあるアプローチ——「前提を疑い、ユーザーの文脈に共感し、徹底的にプロトタイプを試す」——が貫かれていました。

Wii Uはなぜ失敗したのか

Wii Uの失敗要因は複合的ですが、デザイン思考の観点から最も重要なのは「ユーザーの文脈を誤認した」点です。

Wii(2006年発売)は「ゲームをしない人がゲームを始める」という問題を解いた傑作でした。モーションコントローラーによる直感的操作が、高齢者やゲーム初心者を取り込みました。Wii Uはその成功体験を引き継ごうとした製品です。

しかしWii Uが設定したユーザーモデルは、2012年の現実と乖離していました。「テレビの前で家族みんなで遊ぶ」というモデルです。スマートフォンが普及し、個人が画面を持ち歩くことが当たり前になった時代に、「大画面テレビ+手元コントローラー」の体験が再び新鮮に感じられると期待した。この前提の検証が、開発プロセスの中で十分に行われなかったと見ることができます。


「前提を疑う」ことから始まったSwitch

問い直しの起点

任天堂がSwitch開発で最初に行ったのは、「ゲームはどこでどのように遊ばれているか」の再調査です。

プロデューサーの川本正人氏(後に説明会等で語っている)と開発チームが注目したのは、スマートフォンゲームの台頭でした。2013年以降、モバイルゲームの市場が急成長していた。しかしこの事実の解釈を、多くの企業がやるように「スマートフォンがゲーム機を駆逐している」と読むのではなく、「なぜ人々がスマートフォンでゲームをするのか」という問いに変換したのです。

答えは「スマートフォンゲームが面白いから」ではありませんでした。「スキマ時間に、持ち歩いている端末で、いつでもどこでも遊べる」という利便性でした。ゲームとしてのクオリティや深さでは、専用ゲーム機には及ばない。それでも遊ばれるのは、「プレイ可能な文脈の多さ」が圧倒的だからです。

「家で遊ぶ」という前提の解体

この洞察から、Switchのチームは「任天堂のゲームをどんな文脈でも遊べるようにするにはどうすればいいか」という問いを立てました。

デザイン思考の問題定義フェーズの観点では、これは「競合はスマートフォンゲームではなく、プレイを妨げる状況(帰宅していない、テレビが空いていない等)だ」という問題定義の転換です。

携帯ゲーム機は既に「3DS」がありました。しかし3DSと据置機は別システムで、ユーザーは「家では高品質な据置ゲームを、外では3DSを」という二つのプラットフォームを管理する必要がありました。

「家でも外でも同じ体験が続けられる」というシームレスさが、真に解くべき問題だった——これがSwitchのチームが到達した問題定義です。


プロトタイピングの試行回数

Joy-Conの着脱機構

Switchで最も革新的な機構は「Joy-Con」の着脱システムです。コントローラーが本体に装着されているとき(据置モード)と、外れているとき(携帯モード)で、ゲームの体験がシームレスに切り替わる。

この機構には、多数の物理プロトタイプが作られました。任天堂の開発者へのインタビューによれば、着脱機構の試作だけで数十パターンを作成したとされています。

特に検討されたのは以下の課題です。

耐久性と利便性のトレードオフ:着脱を繰り返すことで生じる摩耗。素材選定と接合方式の組み合わせを変えながら、繰り返し着脱試験を行いました。

片手持ちへの対応:Joy-Conを1本ずつ持って2人プレイをするというコンセプトは、1本のJoy-Conが「1プレイヤーの最小単位」として機能することを要求しました。これはコントローラーの最小サイズとボタン配置の制約を意味し、製造上の難易度を大幅に上げました。

接続安定性:ワイヤレス通信のラグとバッテリー消費のバランスも、試作段階で繰り返し検証されました。

「テーブルモード」の発見

Switchには「テーブルモード」と呼ばれる使用形態があります。本体を卓上スタンドで立て、Joy-Conを左右に持って遊ぶスタイルです。当初の開発コンセプトには、このモードは「必須の機能」として存在していたわけではありませんでした。

プロトタイピングの過程で、「旅行中の飛行機や新幹線の中でゲームを遊ぶ」という場面を試作品で実際に試したとき、「テーブルに立てて2人で遊ぶ」という使い方が自然に発生したとされています。これは設計者が想定した使い方ではなく、プロトタイプの文脈での観察から発見されたシナリオです。


「ゲームを共有する体験」の再設計

Switchのローンチトレーラーが世界に公開されたのは2016年10月でした。このトレーラーは製品仕様の説明ではなく、「Switchがある生活の情景」を描いた映像です。

  • 家でテレビに接続して遊んでいた人が、外出する際にゲームをそのまま持ち出す
  • 出張先のホテルの部屋でゲームを続ける
  • 友人の家でJoy-Conを分け合って一緒に遊ぶ
  • 公園でSwitchを持ち寄ってゲーム対戦をする

これらのシーンはすべて、開発チームが共感フェーズで「ゲームはどのような文脈で遊ばれているか」を調査した結果から抽出されたシナリオです。

注目すべきは「友人と共有する体験」の描き方です。スマートフォン時代のゲームは本質的に個人体験(ヘッドフォンをして一人で遊ぶ)ですが、Switchのシナリオでは常にゲームを「持ち寄る」「分け合う」「一緒に遊ぶ」という社会的な場面が設定されています。

「ゲームで繋がりたい」という潜在的欲求——単に一人で暇をつぶすのではなく、ゲームを通じて誰かと時間を共有したいという願望——に、Switchは正確に応えました。


失敗から学ぶプロセス設計

デザイン思考の実践者にとって、SwitchとWii Uの対比は「前提検証の重要性」を示す明快な事例です。

Wii Uの開発は、「Wiiの成功体験」という強い先入観の中で行われたと見ることができます。「テレビ+コントローラー」という成功の図式を疑わなかった。ユーザーの現実(スマートフォンが普及した生活)と、開発者のモデル(家族でテレビの前に集まる生活)の間に生じたギャップが、結果に現れました。

Switchでは、この失敗の経験が「自分たちが当然だと思っている前提を、まず疑う」という姿勢につながりました。

デザイン思考の共感フェーズは、ユーザーの「言葉」を聞くだけでは完結しません。ユーザーが「どんな文脈でゲームをしているか(あるいはしていないか)」という観察が核心にあります。任天堂のチームが気づいたのは、ゲームをしていない時間こそが問題の所在だったということです。


参考文献

  • 任天堂株式会社、「Nintendo Switch 開発者インタビュー」、任天堂公式サイト、2017年
  • 川本正人、「Nintendo Switch 設計の思想」、ゲーム開発者会議GDC 2017 講演資料
  • 塩田信之、「任天堂の次を読む力」、日経デジタルビジネス、2017年
  • Bloomberg, “Nintendo Switch: Inside the Design Process”, Bloomberg Technology, March 2017
  • Yuji Naka and the Switch design team interviews compiled in Game Developers Conference proceedings, 2017

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