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AIで拡張するデザイン思考 — 共感・定義・発想の各フェーズでAIを使う実践

AIツールはデザイン思考を置き換えるのではなく、各フェーズの限界を突破するための増幅装置として使える。インタビュー分析から発散的思考まで、フェーズ別の具体的な活用法。

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「AIがデザイン思考を自動化する」という論調があります。実際にやってみると、そうはなりません。

AIはデザイン思考を代替しない。人間が苦手とする部分の増幅装置として動く、というのが正確な表現です。インタビューデータの処理、パターン認識、発想の量的な拡大——時間と認知資源が食われる作業でAIは力を発揮します。一方で「ユーザーの目を見ながら話を聞く」「どのインサイトを選ぶか判断する」「なぜそのプロトタイプを作るか決める」——これは今のところ人間の仕事のままです。

共感フェーズ:インタビュー分析の加速

インタビュー文字起こしの処理

10名のユーザーインタビューを実施する。録音を文字起こしすると、合計で3万字を超えるテキストが生まれます。それを一人で読んで、重要な発言を拾い、パターンを見つける——一度やった人なら分かりますが、頭が溶ける作業です。

文字起こしテキストをLLMに入力し、「感情的な強度が高い発言を抜き出せ」「複数のインタビューに共通するテーマを見つけろ」という問いを立てると、数分で一次分類ができます。

実際にやってみると、面白いことが起きます。AIが抽出したパターンと、経験豊富なリサーチャーが手動で拾ったパターンが、微妙にずれます。AIは人間が「当たり前すぎて記録しない」発言を拾う。反対に「言葉の裏に何かある」という文脈的なニュアンスは拾いにくい。このズレ自体が議論のネタになります。「なぜAIはこれを拾ったのか」という問い自体が、チームの暗黙知を掘り起こすきっかけになるわけです。

ペルソナ生成の補助

インタビューデータからペルソナを作成するプロセスにもAIを組み込めます。インタビューメモをすべて入力し、「このデータから3つの異なるユーザータイプを抽出し、それぞれの目標・苦しみ・行動パターンを記述してください」と指示します。

ひとつだけ強調しておきたいのは、AIが生成したペルソナをそのまま使わないこと。AIは統計的に「もっともらしい」パターンを出しますが、実際のユーザーが持つ矛盾や非合理な行動を過度に整理してしまいます。現実の人間はもっと複雑で、矛盾だらけです。AIの出力はあくまで叩き台。リサーチャーが実際のインタビューデータと照合して直す前提で使ってください。

定義フェーズ:インサイトの深掘りと問いの精度向上

HMW質問の量的拡大

How Might We(HMW)質問の生成は、AIが特に得意とする領域です。1つのインサイトから10個のHMW質問を出すよう指示すると、人間が思いつかなかった角度の問いが含まれることがあります。

ワークショップでよく起こるのは、参加者が「これは非現実的だ」と判断して最初から排除してしまうHMW質問を、AIが臆せず生成するパターンです。「どうすれば採用プロセス全体を候補者がゲームのように楽しめるか」——人間なら「遊び感覚すぎる」と自己検閲するかもしれない問いが、AIから出てきます。この問いが結果として最も革新的なソリューションのシードになることがあります。

POVステートメントの検証

POVステートメント(「〜な(ユーザー)は〜が必要だ。なぜなら〜だから」)を作成した後、AIに「このPOVステートメントの弱点を指摘してください」「このPOVから生まれるHMW質問を10個出してください」と依頼することで、定義の精度を上げられます。

実際にやってみると、AIは「このPOVは『なぜなら』の部分が弱い——ユーザーが本当に動機とする理由がまだ表面的な記述に留まっています」という指摘を返すことがあります。これが定義フェーズの深掘りのきっかけになります。

発想フェーズ:発散の壁を突破する

SCAMPER+AIで発想を強制拡張

SCAMPER(Substitute/Combine/Adapt/Modify/Put to other uses/Eliminate/Reverse)の各軸でAIに発想を依頼することで、チームの認知バイアスを超えたアイデアが生まれます。

「この問題に対して、既存の解決策を逆転させたらどうなるか(Reverse)を10案出してください」という問いに対して、AIは人間が「やらない理由」から先に考えて排除してしまうアイデアを列挙します。

ただし発想フェーズにおけるAIの最大の限界は、「ユーザーの感情を揺さぶるアイデア」を生成する能力です。データの組み合わせから生まれるアイデアと、ユーザーの涙を見た経験から生まれるアイデアは、根本的に違います。AIが発散の量を担当し、人間がユーザー文脈に基づいた収束を担当するという役割分担が現実的です。

アナロジー思考の補助

「この問題は、全く異なる業界でどう解決されているか」という問いをAIに投げることで、アナロジー思考を加速できます。

「採用プロセスの候補者体験の問題は、飲食業界では何に相当するか」という問いに対して、AIは「予約から来店・食事・会計・退店後のフォローアップという顧客ジャーニーの設計」という答えを返します。この視点から「採用プロセスをレストランの体験設計として再設計する」というフレームが生まれ、「予約時(応募時)の確認メール」「ウェイティングリスト(選考中の状況通知)」「メニューの可読性(採用ページの情報設計)」という具体的な対応関係が見えてきます。

プロトタイプ・テストフェーズ:AIを使った仮想テスト

ユーザーテストのシミュレーション

プロトタイプを実際のユーザーにテストする前の「事前チェック」としてAIを活用できます。プロトタイプの説明をAIに入力し、「このデザインの最大の使いにくさはどこか」「このフローで詰まりやすいのはどのステップか」という問いを立てることで、実際のユーザーテスト前に修正すべき明らかな問題を潰せます。

参加者からの声として多いのは、「AIによる事前チェックでは気づかなかった問題を、実際のユーザーテストで発見した」という体験です。これはAIのシミュレーションの限界を示すと同時に、「AIで潰せる問題を潰した上で実際のテストに臨む」という二段階アプローチの価値を示しています。

テスト結果の分析支援

ユーザーテストの観察メモをAIに入力し、「このテストから最も重要な5つの知見を抽出してください」「参加者の共通する詰まりポイントを分類してください」という依頼をすることで、分析作業を加速できます。

AIと協働するデザイン思考の倫理的考慮点

AIを共感フェーズで使うとき、ユーザーデータの扱いに特別な注意が必要です。インタビュー録音・文字起こし・個人が特定できる発言をそのまま商用LLMに入力することは、プライバシーリスクを伴います。

最低限やること:氏名・所属・固有の状況を匿名化してから入力する。社内での利用ならローカルLLMの活用も検討する。そしてユーザーへのインフォームドコンセントの説明文に、AI分析の可能性を入れておく。この3つです。

どこから始めるか

まず1回だけやってみてください。

インタビューメモ(匿名化済み)をClaude/ChatGPTに貼り付けて、「感情的な強度が高い発言トップ10を抽出してください」と依頼する。AIが出した10件と、自分が手動で選んだ10件を並べる。このズレを議論する——それだけです。5分でできます。その議論の中に、「AIとどう分業するか」の感覚が生まれます。


参考文献

  • Tim Brown & Roger Martin, “Design for Action”, Harvard Business Review, September 2015
  • Ideo.org, “AI + Human-Centered Design: A Framework”, ideo.com, 2023
  • Teresa Torres, Continuous Discovery Habits, Product Talk LLC, 2021
  • Nngroup.com, “AI-Augmented Research: When to Trust the Machine”, nngroup.com, 2024

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