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インクルーシブデザインとデザイン思考|「誰かのための特別対応」から「全員のための設計」へ

インクルーシブデザインをデザイン思考のプロセスに組み込む実践論。障害・年齢・文化的背景など多様なユーザー像を共感フェーズに組み込む手法、エクスクルージョンマッピング、エッジケース先行設計の考え方を解説する。

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デザイン思考のワークショップで「ユーザーを想定してください」と言われたとき、多くのチームが思い浮かべるユーザー像には、ある共通した傾向があります。スマートフォンを使いこなし、日本語を母語とし、視覚や聴覚に支障がなく、標準的なサービス利用経験を持つ人——。

この暗黙のデフォルトユーザー像が、設計の「見えない壁」をつくります。

インクルーシブデザインとは、その壁を意識的に可視化し、解体するための設計思想です。「バリアフリー対応」や「アクセシビリティ改善」という事後的な補正ではなく、最初から多様なユーザー像を前提として組み込んだ設計——それがインクルーシブデザインのコアです。


なぜ「特別対応」思考が失敗するのか

多くの組織が「アクセシビリティ」に取り組む際、主流の設計が完成した後に「補正」を加えるアプローチをとります。ウェブサービスであれば、UI設計が完了した後でスクリーンリーダー対応を追加する。プロダクトであれば、設計が固まった後で「高齢者向けの使い方ガイド」を別途作成する。

この補正型アプローチが構造的に限界を持つ理由は、設計の前提そのものを問い直していないからです。補正は主流設計の周辺に「使えるようにする手段」を付け加えますが、「なぜその設計は特定のユーザーを排除するのか」という根本的な問いには答えません。

Kat Holmes(元Microsoftインクルーシブデザイン部門責任者、著書 Mismatch: How Inclusion Shapes Design, 2018年)が指摘するように、排除(Exclusion)は多くの場合、悪意から生まれるのではありません。設計者自身の身体的・文化的・経験的な「当たり前」を無批判に設計に持ち込むことから生まれます

右利き向けのハサミを設計した人が左利きを排除しようとしたわけではない。しかし自分が右利きであることを意識せずに設計した結果、左利きのユーザーにとって使いにくい道具が生まれた——これがミスマッチの本質です。


エクスクルージョンマッピング:誰を除外しているかを可視化する

Microsoftのインクルーシブデザインチームが開発した「エクスクルージョンマッピング」は、現在の設計がどのようなユーザーを排除しているかを構造的に可視化する手法です。

手順はシンプルです。

Step 1:主要なユーザーシナリオを1つ選ぶ。たとえば「アプリでチケットを予約する」というシナリオ。

Step 2:そのシナリオを実行する上で「難しくなる条件」を列挙する。

  • 視覚的な情報が読めない(視覚障害、強い光の下での使用、眼鏡を忘れた)
  • 片手が使えない(腕の障害、荷物を持ちながら、子どもを抱っこしながら)
  • 音声が聞こえない・出せない(聴覚障害、騒音の中での使用、会議中)
  • 日本語が第一言語ではない(外国籍ユーザー、観光客)
  • デジタルサービスの利用経験が少ない(高齢者、スマートフォン初心者)

Step 3:それぞれの「難しくなる条件」が当てはまるユーザーの規模を考える。

この工程で重要なのは、恒久的な障害だけでなく、一時的・状況的な制約を含めることです。Microsoftのフレームワーク(「インクルーシブデザイン・ツールキット」、公式サイト公開)は、制約を以下の3種類に分類します。

  • 恒久的(Permanent):四肢の障害、聴覚・視覚の恒久的な喪失
  • 一時的(Temporary):骨折、手術後の回復期、耳の感染症
  • 状況的(Situational):赤ちゃんを抱っこしながら片手が使えない、騒音の中にいる

この3種類を合算すると、「特定のシナリオで制約を感じているユーザー」の規模が大きく見えてきます。片腕が恒久的に使えないユーザーの数は小さくても、「何かを持ちながら片手でスマートフォンを操作しているユーザー」の数は日常的に膨大です。

インクルーシブデザインが「全員のための設計」になる理由は、エッジケースへの対応が主流ユーザーの体験も改善するからです。


共感フェーズへの統合:多様なユーザー像を起点にする

デザイン思考の共感フェーズでは、ユーザーインタビューや観察によってユーザーの実態を理解します。インクルーシブデザインを統合するとは、この段階でインタビュー対象と観察対象の多様性を意図的に設計することです。

インタビュー対象の多様性設計

「主なユーザーを代表する人にインタビューする」という標準的なアプローチでは、暗黙のデフォルトユーザー像に近い人が選ばれがちです。インクルーシブデザインの視点では、インタビュー対象のリストを設計する段階で以下を意識します。

スペクトラムで考える:「障害の有無」という二値ではなく、「各機能の使いやすさ」をスペクトラムで捉えます。視覚情報の認識においては、完全な視力喪失から軽度の視力低下まで連続的なスペクトラムがあります。年齢においても、10代から80代まで連続的な変化があります。

エッジにいる人を積極的に含める:スペクトラムの両端に近いユーザーへのインタビューは、中間に位置するユーザーでは見えない課題と洞察をもたらします。d.school(Stanford d.school)では「極端なユーザー(Extreme Users)」という概念を用い、スペクトラムの端にいるユーザーへのインタビューを共感フェーズに意図的に組み込むことを推奨しています。

インタビューの問いへの応用

インクルーシブデザインの観点を組み込んだインタビューでは、以下のような問いが有効です。

「このサービスを使う上で、『できれば変えてほしい』と思っていることはありますか」

「このサービスを使う場面で、特に難しいと感じる状況はありますか(場所・タイミング・身体的な状態など)」

「このサービスをあなたと同じように使えない人が、身近にいると思いますか。それはどんな人ですか」

3つ目の問いは特に有効です。ユーザー自身に「排除されているかもしれない人」を想像してもらうことで、インタビュア自身が気づかなかったユーザー像が浮かび上がることがあります。


エッジケース先行設計:「例外」から始める発想

インクルーシブデザインをデザイン思考の創造フェーズ(アイデエーション)に統合する実践的な手法が、エッジケース先行設計です。

通常のアイデエーションでは「主なユーザーが最もよく使うシナリオ」からアイデアを発想します。エッジケース先行設計では、この順序を入れ替えます。

Step 1:最も制約の多いユーザーシナリオを定義する。 たとえば「スクリーンリーダーを使い、かつ片手のみ操作できる状態でのチケット予約」。

Step 2:このシナリオで機能するソリューションをアイデエーションする。 最も困難な条件下で動作するソリューションを先に発想することで、多くの制約に対してロバストなアイデアが生まれます。

Step 3:そのソリューションが標準ユーザーにとっても機能するかを確認する。 エッジケース向けのソリューションが標準ユーザーの体験も向上させるかどうかを検討します。多くの場合、「最も使いにくい状況」向けに設計されたソリューションは、標準的な状況でもより使いやすくなります。

この逆順の設計アプローチは、カーブカット効果(Curb Cut Effect)という社会現象の教訓と重なります。歩道の段差を車椅子ユーザーのために解消した段差切り下げは、乳母車・自転車・重い荷物を持つすべての人にとっての利便性を高めました。排除されていた人への対応が、全員の体験を改善した例です。


プロトタイプ・テストフェーズへの統合

インクルーシブデザインの観点をプロトタイプと検証フェーズに組み込む際の重要な実践ポイントを示します。

アクセシビリティチェックリストの活用:プロトタイプの評価段階で、WCAG(Web Content Accessibility Guidelines)2.1の4原則(知覚可能・操作可能・理解可能・堅牢)を評価軸に加えます。ウェブサービスの場合、ブラウザの開発者ツールやaxeなどの自動チェックツールで基本的な問題を早期に検出できます。

代表的なユーザーとエッジユーザーの両方でテストする:テストセッションの設計段階で、「主流ユーザーによるテスト」と「制約のあるシナリオを持つユーザーによるテスト」を明示的に分けて設定します。前者だけでは発見できない問題が後者で見えます。

ユーザビリティとアクセシビリティを混同しない:ユーザビリティ(使いやすさ)は主流ユーザーの体験の質に焦点があります。アクセシビリティ(アクセスできること)は多様なユーザーがサービスに到達できるかに焦点があります。両者は補完的であり、一方の改善がもう一方を損なう場合は、設計の前提に問題がある可能性があります。


組織への定着:補正文化からの脱却

インクルーシブデザインの考え方をプロジェクト単位で実践するだけでなく、組織の設計プロセスに定着させるには、文化的な変容が必要です。

Kat Holmesが指摘する「補正文化(Correction Culture)」——主流設計が完成した後に少数者向けの補正を加える文化——を変えるには、プロセスの初期段階にインクルーシブな視点を組み込む構造的な変化が必要です。

具体的には、ユーザーストーリーやペルソナを作成する段階での「多様性チェック」の制度化、デザインレビューの評価基準へのインクルーシブデザイン観点の追加、そしてエッジユーザーとの定期的な接点(ユーザーテスト・共同設計ワークショップ)の定期化が有効です。

「誰かのための特別対応」から「全員のための設計」へ——このシフトは、デザイン思考が本来持つ「人間中心」の原則を、より広い人間の範囲に適用することに他なりません。共感フェーズの拡張として、インクルーシブデザインはデザイン思考の哲学と深く整合しています。


参考文献

  • Kat Holmes, Mismatch: How Inclusion Shapes Design, MIT Press, 2018
  • Microsoft Inclusive Design Toolkit(公開資料: microsoft.com/design/inclusive/)
  • Don Norman, The Design of Everyday Things, Basic Books, 2013(邦訳: 岡本明他訳『誰のためのデザイン?』)
  • World Wide Web Consortium(W3C), Web Content Accessibility Guidelines (WCAG) 2.1, 2018

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