ホースト・リッテル

1973年にMelvin M. Webberとの共著論文「Dilemmas in a General Theory of Planning」でWicked Problemsの概念を提唱。「解けない問題」として記述されたこの枠組みは、後のデザイン思考・政策デザイン・システム思考の理論的基盤となった。

「デザイン思考はなぜ複雑な問題に有効なのか」——この問いの理論的地盤を作った人物が、ホースト・リッテル(Horst W. J. Rittel)だ。

現代のデザイン思考では、Richard Buchananの1992年論文やIDEOの事例が語られることが多い。しかしその背後にある根幹的な概念——「Wicked Problems(邪悪な問題、悪問題)」——を生み出したのはリッテルだった。

IBM、政府機関、デザインスクールなど、知識産業のほぼあらゆる文脈で参照されている概念だ。しかし提唱者の名が語られることは少ない。本稿では、リッテルの思想の原典に立ち返り、その理論がデザイン思考に与えた影響を追う。


ホースト・リッテル:その生涯と軌跡

バイオグラフィ

ホースト・ヴィルヘルム・ヤコブ・リッテル(Horst Wilhelm Jakob Rittel)は1930年にドイツで生まれた。

戦後ドイツの知的環境の中で学んだリッテルは、数学・建築・デザイン理論の交差する領域で独自の知的プロジェクトを育てた。1950年代後半から60年代にかけて、西ドイツのウルム造形大学(Hochschule für Gestaltung Ulm)でデザイン理論を教えた。

ウルム造形大学はバウハウスの精神的後継として知られ、デザインを社会的・政治的実践として位置づける知的伝統を持っていた。リッテルがここで得た「デザインは価値判断の問題である」という認識は、後のWicked Problems概念の核心をなす。

1960年代後半、リッテルはカリフォルニア大学バークレー校(UCB)の環境デザイン学部に移り、都市計画理論家のMelvin M. Webberとの協働が始まった。この交差がWicked Problemsを生んだ。

晩年はドイツのシュトゥットガルト大学でも教え、1990年に没した。

時代的文脈:システム思考への懐疑

リッテルが活動した1960〜70年代は、オペレーションズ・リサーチとシステム分析の全盛期だった。第二次世界大戦中に発展した数理的問題解決手法が社会問題に応用され、「あらゆる問題はデータと計算で解決できる」という楽観的な合理主義が知識人の間に広まっていた。

都市計画もその影響を受け、「マスタープラン」や「科学的都市設計」への信頼が高まっていた。政府は複雑な社会問題——貧困・交通渋滞・環境汚染——を、コンピュータと専門家集団によって解決できると信じていた。

リッテルは、この楽観主義への根本的な異議を持っていた。「合理的な計算が難しい」のではなく、「問題の定義そのものが合意できない」のではないか——この疑念が1973年の論文の出発点だ。


1973年論文「Dilemmas in a General Theory of Planning」

論文の位置づけ

1973年にPolicy Sciences誌(Volume 4, Issue 2)に発表された “Dilemmas in a General Theory of Planning” は、リッテルとWebberの共著論文だ。

ページ数は14ページ(pp.155-169)と短い。しかしこの14ページが、後世のデザイン思考・政策立案・システム思考・組織論に与えた影響は計り知れない。Google Scholarでの被引用数は数千件に上り、社会科学・デザイン研究の双方で古典的文献として参照され続けている。

タイトルにある「Dilemmas(ジレンマ)」という語は意図的に選ばれている。リッテルとWebberが指摘するのは、計画(Planning)の実践が理論的に解消できない根本的なジレンマを内包しているという事実だ。

Tame Problems と Wicked Problems の対比

論文の核心は、「길든された問題(Tame Problems)」と「邪悪な問題(Wicked Problems)」の対比だ。

Tame Problemsは、数学の方程式やチェスのゲームのような問題だ。問題が明確に定義でき、解法の手順が存在し、正解かどうかを判定できる基準がある。問題を解いても問題の性質は変化しない。

対してWicked Problemsは、社会・政治・文化が絡み合う実践的問題に現れる性質を持つ。リッテルとWebberは論文の中で10の特性を列挙している。

特性1:Wicked Problemsには決定的な定式化がない。 何が問題かを理解することと、解決策を見つけることは分離できない。問題の定義が変われば、解決策も変わる。都市の犯罪率を例にとれば、「警察官の不足」「貧困」「教育機会の欠如」「コミュニティの崩壊」のいずれを問題と定義するかで、解決策は全く異なる。

特性2:Wicked Problemsには「試行終了」のルールがない。 Tame Problemsでは「解けた」瞬間が存在する。しかしWicked Problemsは、問題に取り組み続けることはできるが、「解決完了」を宣言できる客観的基準がない。いつ問題から手を引くかは、リソース・政治判断・倦怠感の問題であり、論理的な完結とは無関係だ。

特性3:Wicked Problemsの解決策は正解でも間違いでもなく「より良いか、より悪いか」で評価される。 Tame Problemsには明確な正解がある。しかし都市計画・社会政策・組織設計の解決策は、「正しいかどうか」ではなく「どの価値観の観点から見てより良いか」で評価される。異なる利害関係者は異なる評価を下す。

特性4:解決策を試す行為は不可逆的結果をもたらす。 科学実験は繰り返し可能だが、社会政策の実施は実験できない。一つの政策を試みると、社会はその政策に適応・反応し、元の状態には戻れない。解決策は「本番実施」であり、「試作品のテスト」ではない。

特性5:Wicked Problemsの解決策の数は原理的に列挙できない。 Tame Problemsでは解法の候補を体系的に列挙できる。しかし「都市の貧困をなくすには」という問いに対する解決策の候補は、原理的に無限に存在する。すべての可能性を評価したうえで最善策を選ぶことは不可能だ。

特性6:各Wicked Problemは本質的にユニークだ。 類似する問題はあっても、まったく同一の問題は存在しない。前回のプロジェクトの解決策が今回も有効だという保証はない。各問題は、特定の時間・場所・人間関係の文脈に埋め込まれた固有の問題だ。

特性7:全てのWicked Problemは別のWicked Problemの症状だ。 交通渋滞は都市構造の問題であり、都市構造は住宅政策の問題であり、住宅政策は経済格差の問題であり……というように、Wicked Problemsは入れ子になっている。どの階層で問題を捉えるかの選択そのものが、価値判断だ。

特性8:Wicked Problemsの「解決策の説明」と「問題の定式化」の間には不一致がある。 Tame Problemsでは問題を定式化できれば解法が示唆される。しかしWicked Problemsでは、同じ問題の定式化から全く異なる解決策が提案される場合がある。逆に、異なる問題の定式化から類似した解決策が導かれることもある。

特性9:Wicked Problemを「間違えて解く」ことの結果は深刻だ。 数学の問題を間違えても、次の問題を解けばよい。しかし社会政策を「間違えて実施」した場合、その結果は現実の人間の生活に取り返しのつかない影響を与える。このため計画立案者は、「試行錯誤」に対して道義的責任を問われる。リッテルはこれを「No trial and error(試行錯誤の禁止)」と呼んだ。

特性10:計画立案者は「間違い」を犯す権利を持たない。 上の特性と連動するが、Wicked Problemsに取り組む実践者は科学者とは異なる倫理的状況にいる。科学者の失敗は知識の前進だが、社会計画の失敗は人々の苦しみを意味する。


理論の核心:科学的合理主義への根本批判

「第一世代の問題解決」から「第二世代」へ

リッテルはのちに、問題解決のアプローチを「第一世代」と「第二世代」に分類した。

第一世代の問題解決は、専門家が問題を定義し、最適解を計算し、実施する線形モデルだ。「何が問題か」は専門家が知っており、「どう解くか」は科学的方法で決定できるという前提に立つ。

第二世代は、問題定義そのものが問題であるという認識から出発する。「何が問題か」を決めるのは専門家だけではなく、影響を受ける全ての当事者だ。計画立案は一方向的な専門家による解決ではなく、利害関係者との対話的プロセスでなければならない。

この「第二世代」の認識は、現代のデザイン思考の根幹にある。ユーザーインタビューによって「問題の定義を共に作る」こと、プロトタイプによって「解決策の試みと問題の再定義を同時に行う」こと——これらはWicked Problems概念が示した問題の性質から論理的に導かれる実践だ。

「Argumentative Planning」の構想

Wicked Problems論文の後、リッテルは「Argumentative Planning(論証的計画)」という概念を発展させた。

合理的計画モデルでは、最適解は計算によって導出される。しかしリッテルは、計画は本質的に論証(argument)の問題であり、異なる価値観・利害関係・前提条件を持つ人々の間での対話と交渉によって形成されると主張した。

この構想は、現代の参加型デザイン(Participatory Design)・共同創造(Co-creation)・デザインジャスティス(Design Justice)といった実践の理論的先駆けとして読むことができる。


リッテルからブキャナン、そして現代のデザイン思考へ

ブキャナンによる「反転」

Richard Buchananが1992年に発表した “Wicked Problems in Design Thinking”(Design Issues, Vol.8, No.2)は、リッテルの概念をデザイン実践の文脈に接合した重要論文だ。

リッテルの原論文では、Wicked Problemsは半ば悲観的なフレームで描かれた——計画立案者が直面する解決不可能な困難として。Buchananはこれをデザイン的思考の存在理由として反転させた。

デザイン思考は不確定性(indeterminacy)の条件下で機能する。デザイナーは問題が完全に定義されるのを待たない。問題を定義する行為そのものが、デザインの作業に含まれている。

Buchananの「反転」によって、Wicked Problemsは「困難な問題の記述」から「デザイン的アプローチが必要とされる問題の定義」へと変わった。リチャード・ブキャナンが担ったのは、リッテルの概念へのデザイン思考からの応答だった。

現代の実践への影響線

リッテルの概念が現代のデザイン思考に与えた影響は、少なくとも3つの方向で追える。

問題定義フェーズの正当化: デザイン思考の「Define」フェーズで「HMW(How Might We)クエスチョン」を使って問題を再定義する実践は、「問題の定義自体が問題解決の一部」というリッテルの洞察から直接導かれる。

プロトタイプの倫理的意義: Wicked Problemsの「試行は不可逆的結果をもたらす」という特性は、低コストのプロトタイプで素早く試すことの倫理的正当性を与える。本実装の前に最小限の形で試すことは、リスクを社会に押しつけない設計倫理だ。

ステークホルダー参加の必然性: Wicked Problemsは専門家だけでは定義できない。これは、ユーザーリサーチ・共創ワークショップ・利害関係者のマッピングといった実践が、単なる品質改善策ではなく問題の性質に対応した方法論的必然であることを示している。


リッテル思想の現代的限界と拡張

Wicked Problems概念への批判

リッテルの概念は広く受容されたが、批判もある。

一つは「問題の分類の恣意性」だ。どの問題がTameでどれがWickedかの境界は自明ではない。Wicked Problems概念を使うことで、問題を複雑化して解決を先送りにする言い訳として機能するリスクがある。

もう一つは「解決不可能性の過度な強調」だ。リッテルの10の特性は、Wicked Problemsに対して「完全な解決はできない」という認識を与える。これは正確だが、「だから何もできない」という諦念を生むリスクも孕んでいる。

Buchananの反転が果たした役割の一つは、まさにこの諦念を「デザイン的な前進」に置き換えることだった。

気候変動・AI・パンデミック:現代のSuper Wicked Problems

Wicked Problems概念は現代においてさらに拡張されている。政治学者のRichard Levin らは2012年に「Super Wicked Problems」という概念を提唱し、気候変動のような問題の特徴を記述した。

Super Wicked Problemsの特性には「時間が迫っている」「解決策を求める者が問題を引き起こしている」「中央権威が弱い」が加わる。AI統治・パンデミック対応・グローバルサプライチェーンのリスク管理など、21世紀の中心的問題群はこのカテゴリに属する。

リッテルが1973年に描いた「問題の定義が問題である」という認識は、デジタル化・グローバル化・気候変動が重なる現代において、より一層の切迫性を持って蘇っている。


リッテルが遺したもの

ホースト・リッテルは大規模な組織を持ったわけではなく、ベストセラーを書いたわけでもない。14ページの論文だ。それが50年以上にわたってデザイン・計画・社会科学の実践者に影響を与え続けている。

「問題とは何か」を問い直したリッテルの姿勢は、現代のデザイン思考がユーザーインタビューで「本当の問題を探す」こと、プロトタイプで「問題の定義を更新する」こと、ファシリテーターが「問いの設計から始める」ことの、深い理論的根拠だ。

デザイン思考を実践する者がリッテルを知ることは、自分たちが行っていることの意味を原典に立ち返って理解することだ。手法の背後にある問いを見失わないために、リッテルはまだ有効な道案内となる。


関連記事・参考文献

主要文献

  • Rittel, H. W. J. & Webber, M. M. (1973). Dilemmas in a General Theory of Planning. Policy Sciences, 4(2), 155–169.
  • Buchanan, R. (1992). Wicked Problems in Design Thinking. Design Issues, 8(2), 5–21.
  • Conklin, J. (2006). Dialogue Mapping: Building Shared Understanding of Wicked Problems. Wiley.
  • Kolko, J. (2012). Wicked Problems: Problems Worth Solving. Austin Center for Design.