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デザイン思考で金融サービスを革新する|Bank of America事例と実装の要点

IDEOとBank of Americaの共同プロジェクト「Keep the Change」を中心に、金融サービス領域へのデザイン思考適用の構造を解説。観察から仮説生成、プロトタイプ検証、段階的ロールアウトまでの実践的プロセスと、金融業界固有の制約を乗り越えるための考え方を示す。

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金融機関でデザイン思考を適用しようとするとき、現場から必ずと言っていいほど同じ反応が返ってくる。「規制があるから無理だ」「金融商品はデザインとは違う」「顧客調査なら既にマーケティング部がやっている」。

これらの懸念は理解できる。ただ、同じ業界で実際に機能した事例がある。2004年にIDEOがBank of Americaと共に取り組んだプロジェクトは、その後の金融サービス設計に対する見方を変えた。


「Keep the Change」の背景

2004年、Bank of AmericaはIDEOに依頼を出した。目的は新規顧客の獲得と貯蓄口座への誘導だ。一般的なマーケティングアプローチなら、金利優遇キャンペーンや口座開設特典を設計するところだろう。IDEOが選んだのは違う入り口だった。

アトランタ、ボルティモア、サンフランシスコの3都市で、育児中の女性を中心に家計管理に関するインタビューと行動観察を実施した。IDEOのデザイナー4名とBank of Americaのスタッフ5名がチームを組み、ユーザーの自宅での行動を観察した。

観察から浮かび上がったのは予想外のパターンだった。多くの女性が、小銭をジャーに入れて貯める習慣を持っていた。意識的な節約ではなく、「おつりを財布に入れるのが煩わしい」という小さな日常の所作が、自然と貯蓄行動になっていた。

このインサイトから導かれた仮説は「支払いのたびに小銭を自動的に貯蓄口座に移せたら、貯蓄習慣を持てない人でも貯められるのではないか」だった。


プロトタイプから実装へ

仮説を検証するため、IDEOはカートゥーン動画でサービスの概要を説明するコンセプト動画を制作した。まだ実際の機能は存在しない。この映像を顧客に見せ、反応を確認した。フィードバックをもとにオーバードラフト保護機能が追加され、報告の詳細度が調整された。

最終的な仕組みはシンプルだ。デビットカードで支払うたびに、端数を切り上げた差額が普通預金口座に自動転送される。300円の支払いが400円として処理され、差額100円が貯蓄に回る。

「Keep the Change」として2005年に導入されたこのプログラムは、3年後の2008年時点で250万人以上の顧客を獲得し、100万件以上の新規貯蓄口座を開設した(Bank of America公表データ)。IDEOのTim Brownは「ユーザーは『釣り銭を取っておく機能が欲しい』とは言えない。でも行動を観察すれば、そのニーズは見えてくる」と当時を振り返っている。


金融サービス特有の制約と設計上の工夫

金融機関でデザイン思考を適用するとき、他の業界にはない制約が伴う。

規制と法的要件: 金融商品の設計には監督当局の認可が必要な場合がある。プロトタイプ段階から法務・コンプライアンス担当を設計チームに組み込む体制が、後工程での手戻りを減らす。「できないこと」を最初から知ることで、制約の中での創造性が発揮されやすくなる。

信頼とリスク知覚: 金融サービスのユーザーテストでは、感情的な反応として「不安」「不信」が想定以上に頻出する。デザイン思考のプロトタイプ検証でDesirability Testingを組み合わせると、機能的な使いやすさと信頼感の両軸でフィードバックを収集できる。

段階的なロールアウト: Bank of Americaは全国展開前に一部店舗でパイロット運用を実施した。デザイン思考のプロセスで言えば、「テスト」フェーズを実際の小規模市場で行う構造だ。完全なプロトタイプを全顧客に一度に提示するのではなく、学習しながら拡大する姿勢が金融サービスの導入リスクを下げる。


日本の金融機関への示唆

Bank of Americaの事例から何を学べるか。少なくとも3点ある。

観察の対象を変える: 既存の市場調査は多くの場合、「何を望むか」をアンケートで問う。しかし実際の行動と申告した行動は乖離することが多い。Bank of Americaの成功の核心は、人々が「すでにやっていること」から新しいサービスの種を見つけた点にある。

機能より行動を起点にする: 「貯蓄口座の新機能」ではなく「貯蓄という行動をどうすれば楽にできるか」という問いの立て方が、発想の幅を変えた。機能の拡張から考え始めると、ユーザーの実際のメンタルモデルから離れやすい。

小さく始めて検証する: 完全な商品を開発してから市場投入するのではなく、映像レベルのコンセプト検証から始めた点は、デザイン思考の「早く安く失敗する」という原則の実践だ。金融サービスはシステム開発コストが高いため、プロトタイプを実際のシステムに頼らずに検証する創意工夫が特に重要になる。


どこから始めるか

金融機関でデザイン思考を導入するとき、最初のステップは観察の機会を設けることだ。支店のカウンター周辺での顧客行動、ATM操作時の逡巡、スマートフォンアプリを開いて閉じるまでの動作——こうした小さな行動の観察から、想定外の「すでにやっていること」が見えてくる場合がある。

Bank of Americaが発見したのは、「おつりを瓶に入れる」という古い行動だった。デジタル時代の金融サービスにも、見過ごされている行動の種は存在する。それを見つけるために、まずユーザーの日常の中に入ることから始まる。

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