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人事・採用でのデザイン思考活用 — 候補者体験を再設計するEX実践ガイド

採用プロセスを「業務フロー」としてではなく「候補者体験」として再設計する。共感・定義・発想・プロトタイプ・テストの5フェーズを人事実務に接続するフィールドワーク型ガイド。

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採用担当者が「選考フロー」と呼ぶものを、候補者は「体験」として生きています。

この視点のズレが、内定辞退率の高さや入社後のギャップ離職を生んでいる。デザイン思考を人事に持ち込むとは、このズレを構造的に解消するプロセスを作ることです。

なぜ人事にデザイン思考が必要か

人事プロセスは往々にして、会社側の効率を中心に設計されています。書類選考→1次面接→2次面接→最終面接というフローは、評価のしやすさと採用担当者の工数削減のために最適化されたものです。

ワークショップでよく起こるのは、「うちの採用プロセスはどこに問題があるか」という問いを立てると、採用担当者が「書類の通過率が低い」「面接の質問が標準化されていない」という内部視点の答えを出してしまうパターンです。しかし候補者に同じ問いを投げると、「選考状況が分からなくて不安だった」「面接官によって質問の意図が全く違って混乱した」という体験の言語が返ってきます。

デザイン思考が人事にもたらすのは、この視点の転換です。「採用プロセスを運用する」から「候補者体験を設計する」への移行。これをEmployee Experience(EX)の前身、候補者体験(Candidate Experience)の設計と呼びます。

共感フェーズ:候補者の旅を現場で追う

候補者インタビューの設計

まず内定辞退者と入社後半年以内の離職者にインタビューを申し込んでください。断られることも多いですが、承諾してくれた人の語りには、採用プロセスの盲点が凝縮されています。

インタビューで聞くべきは「どの選考が不満でしたか」ではありません。「選考のどのタイミングで、どんな気持ちになりましたか」というジャーニー型の問いかけです。

実際にやってみると、候補者は「1次面接の後に2週間連絡がなかった間、もう落ちたのかと思い始めて他社の選考を進めた」という体験を語ります。採用担当者にとって「2週間の社内調整期間」は当たり前のことですが、候補者にとっては「ブラックボックスの2週間」として生きられているのです。

観察法:選考現場を候補者目線で歩く

自社のキャリアページを初めて見る人として閲覧し、応募フォームを実際に入力してみてください。途中で詰まる箇所、不明なフィールド、送信後に何も表示されない画面——これらは採用担当者には「見えていない問題」です。

参加者からの声として多いのは、「自分の会社の採用ページを初めて候補者として見たとき、自分でも入社したいと思えなかった」という衝撃です。これが共感フェーズの本質的な価値です。

定義フェーズ:インサイトからHMWへ

収集した候補者の体験データを整理するために、エンパシーマップを使います。「候補者が言っていること・考えていること・していること・感じていること」を4象限に配置すると、個別の不満が構造的なパターンとして見えてきます。

よく出てくるパターンは3つです。

  1. 情報の非対称性:候補者が欲しい情報(職場の雰囲気、評価基準、入社後のキャリアパス)を、会社側が適切なタイミングで提供できていない
  2. 待機のストレス:連絡が来るまでの期間の長さと、その間の通知のなさ
  3. 文化の不可視性:企業文化が「採用担当者の話」としてしか伝わらず、実際の職場の空気が見えない

これらのパターンからHow Might We質問を立てます。

  • 「どうすれば候補者が選考中も自社への期待感を高め続けられるか」
  • 「どうすれば採用担当者を増やさずに連絡頻度を上げられるか」
  • 「どうすれば現場社員の声が自然に候補者に届くか」

発想フェーズ:制約を外した解決策の発散

Crazy 8sで採用プロセスの各接点(タッチポイント)について解決策を発散します。1つのタッチポイントに8分で8つのアイデアを出す制約が、「うちでは無理」という自己検閲を外すきっかけになります。

ワークショップでよく起こるのは、「選考中に候補者専用のSlackチャンネルを開設する」「内定後に入社前の社員と1on1できる機会を提供する」といった、運用コストはかかるが候補者体験を劇的に変えるアイデアが出てくることです。これらを「スケールするか」で最初に判断せず、まず体験として価値があるかを先に問うのがデザイン思考的な発想の使い方です。

プロトタイプ:選考体験の小さな実験

最初のプロトタイプは紙と口頭でよいです。

例えば「選考状況の可視化」という解決策をプロトタイプするなら、凝ったシステムを開発する前に、選考中の候補者全員に手動でメールを送る実験から始めます。「本日2次面接の結果を社内で検討しています。来週月曜日までに結果をご連絡します」という1行のメール。これが候補者にどう受け取られるかを、10人に試して学ぶことがプロトタイプです。

実際にやってみると、このシンプルな「進捗通知メール」が候補者の返信率や熱量に与える影響が数字として見えてきます。内定承諾率が上がるか、辞退連絡が減るか——小さな実験が大きな仮説を検証します。

テスト:データと定性の両輪

テストフェーズでは定量と定性の両方でプロトタイプを評価します。

定量で追うなら:内定承諾率(前後比較)、辞退のタイミング分布(どのフェーズで集中しているか)、早期離職率(入社後半年以内)。

定性で追うなら:内定者アンケートのNPS、入社1ヶ月後のインタビュー。

「測定できないものは改善できない」とよく言われます。正しい。ただ、候補者体験の文脈では「数字が動く前に感じられる変化」を先に拾うことが同じくらい大切です。数字は結果の記録。変化の早期検知は定性情報の方が速い。

実践:どこから始めるか

デザイン思考を人事に導入するための最初の一手として、次の3つを提案します。

1. 直近の辞退者3名にインタビューを申し込む 断られても申し込むことに意味があります。承諾してくれた人の話は、どんな採用分析ツールの数字よりも具体的な示唆を持っています。

2. 自社の採用ページを候補者として体験する シークレットモードのブラウザで、初めて訪れた人として応募フォームの入力まで完了してみてください。詰まった箇所をメモすることで、すぐに改善できる問題が見えてきます。

3. 次の選考から「進捗通知メール」を1通加える 選考結果の通知だけでなく、「検討中です」という中間連絡を1通加えてみてください。これだけで候補者の不安は大きく変わります。


参考文献

  • Tim Brown, Change by Design, HarperBusiness, 2009
  • Adam Grant, “Why So Many Companies Are Failing to Recruit Great People”, The Atlantic, 2021
  • Candidate Experience Awards, “2023 North American Candidate Experience Research Report”, Talent Board, 2023
  • Nielsen Norman Group, “Candidate Experience: Applying UX Research to Recruitment”, nngroup.com, 2022

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