倒産寸前のLEGOを救ったのは、ユーザーに設計図を渡すという決断だった
経営危機のさなかに生まれたLEGO Ideas。1万票を集めた案だけを商品化するこの仕組みが、共感フェーズの主導権を企業からユーザーへ移した設計原則を解説する。
経営危機のさなかに生まれたLEGO Ideas。1万票を集めた案だけを商品化するこの仕組みが、共感フェーズの主導権を企業からユーザーへ移した設計原則を解説する。
顧客の声を「聞く」企業は多い。顧客に製品を「作らせる」企業は、驚くほど少ない。
多くの企業は前者で止まる。インタビューを重ね、ペルソナを作り、要望を一覧化する。しかし最終的に「どの案を製品化するか」を決めるのは、結局いつも社内の会議室だ。顧客の声は資料として蓄積されるが、採否を決める会議室には、社内の人間しか座っていない。
LEGOグループは、この一線を越えた数少ない企業のひとつだ。しかもその転換は、周到な経営戦略からではなく、ほぼ倒産しかけた危機の中から、なかば追い詰められる形で生まれている。
2003年から2004年にかけて、LEGOは過去最大級の赤字を記録した。テーマパーク事業やアパレル、電子玩具への多角化が軒並み裏目に出て、本業のブロック事業まで足を引っ張られていた。翌2004年、新CEOに就任したヨアン・ヴィー・クヌッドストーウプは、多角化路線を止め、ブロックという核に事業を絞り込む再建を始める。
この再建の過程で経営陣が向き合わざるを得なかったのが、AFOL(Adult Fans of LEGO)と呼ばれる成人ファンの存在だった。子ども向け玩具メーカーの想定を超えて、大人たちが自主的にブロックで巨大建造物や精密なメカを組み上げ、独自のコミュニティを築いている——想定外の現象だ。
それまでのLEGOは、このコミュニティを部外者として扱っていた。ファンが独自に考案したデザインは、あくまでファンの趣味であり、公式の製品開発とは別の世界の出来事だった。この線引きを崩した決断が、再建の後で最大の果実を実らせる。
2008年、LEGOは日本発のプラットフォーム「CUUSOO」と提携し、ファンが考案したデザインを投稿できる仕組み「LEGO CUUSOO」を始めた。その後、自社運営の「LEGO Ideas」として仕組みを引き継ぎ、現在まで続いている。
この仕組みが従来のアンケートやモニター調査と決定的に違うのは、意思決定の所在だ。誰でもオリジナルのセット案を投稿できる。他のユーザーがそれに投票し、1万人の支持を集めた案だけが、LEGO社内の公式審査に進む。審査を通過すれば商品化され、考案者には純売上の一定割合がロイヤリティとして還元される。
つまりLEGOは、「どの案が欲しいか」を聞く役目をユーザー自身に渡した。社内担当者がインタビューの結果を解釈し、企画会議で優先順位をつける工程を、そもそも設計から外している。共感フェーズの主導権が、会社からコミュニティへ移っている。
実際に商品化された案の中には、日本の深海調査船「しんかい6500」をモチーフにしたセットや、NASAで働いた女性科学者・技術者を題材にした「Women of NASA」など、社内の企画会議からは出てきそうにない題材が並ぶ。これらはいずれも、特定分野に強い個人の熱量がなければ生まれなかった企画だ。
LEGO Ideasの強みは、投票の数の多さではない。1万票という基準そのものより、「誰が最終的な採否を決めるプロセスに関与するか」を変えた点に本質がある。この発想は、イノベーションの源泉を生産者でなくユーザーに見出したエリック・フォン・ヒッペルのユーザーイノベーション理論とも重なる。
一般的な共感フェーズの設計では、企業側がインタビュー対象者を選び、質問項目を決め、得られた声を解釈する。どの工程でも、意思決定の主導権は企業側にある。LEGO Ideasはこの構造を反転させ、案を出す人と、それを支持するかどうかを決める人の両方をユーザー側に置いた。企業が担うのは、集まった支持を審査する最終工程だけだ。
この設計を自社にそのまま持ち込む必要はない。重要なのは、共感フェーズのどこか一段階を、社内の解釈を挟まずにユーザーへ渡せないかと考えることだ。渡す範囲は、小さくてよい。
LEGOが権限をユーザーへ渡したのは、経営が順調だったからではない。多角化に失敗し、本業の存在意義そのものを問い直さざるを得なかったからだ。追い詰められた末の選択が、結果として最も強い顧客理解の仕組みを生んだ。
次にプロトタイプを検証する場面で、ユーザーに渡すのは意見だけだろうか。それとも、決定のひとかけらだろうか。この問いに、どちらの答えを選ぶかで、共感フェーズの設計は変わってくる。