デザイン思考で金融サービス革新——顧客の「恥」を起点にした設計の現場
金融機関がデザイン思考を導入するとき、何がうまくいって何が壊れるか。SBIやみずほの事例から、金融特有の「信頼の壁」を越えるユーザーリサーチの実践論。
金融機関がデザイン思考を導入するとき、何がうまくいって何が壊れるか。SBIやみずほの事例から、金融特有の「信頼の壁」を越えるユーザーリサーチの実践論。
金融機関のワークショップに入ると、必ずと言っていいほど同じ光景がある。付箋が貼られた壁、「顧客目線で」というスローガン、そして一向に埋まらない「顧客の本音」の欄。
金融サービスにおける最大の設計難題は、顧客が本音を語らないことにある。 ローン審査の不安、資産運用の失敗談、保険の「なんとなく入っている」感——これらはインタビューの場では出てこない。社会的な恥の感覚が、調査の精度を根本から下げる。
この問題に向き合わずに「ユーザー中心設計」と言っても、実態は自社目線のままだ。
2022年から2024年にかけて複数の国内大手金融機関が、デザイン思考を用いたサービス改革プロジェクトを進めた。Goodpatchが公開したフィンテック向けデザインプロセスの事例をはじめ、みずほFGのデジタル戦略チームが導入したサービスデザイン手法、SBI証券がネット証券UIの刷新時に実施したユーザーリサーチが、それぞれ異なる「発見」を生んでいる。
共通して浮かび上がったのは、「金融の文脈では、ユーザーが合理的ではない」という事実だ。
家計の見直しを求められると多くの人は「やっています」と答える。投資の失敗を聞かれると「そんなに大きな影響はなかった」と答える。保険の必要性を問われると「必要なものに入っている」と答える。しかし実際のお金の使い方を1ヶ月観察すると、答えとまるで異なる行動パターンが見えてくる。
これは嘘をついているのではない。金融に関する話題には、語ること自体への心理的コストがある。「お金に無頓着」「将来の備えが甘い」という評価を恐れる感情が、インタビューの言語を歪める。
SBI証券がUIリニューアルで採用した手法に、「財務行動観察」がある。従来の「どんな機能が使いやすいですか」という質問形式を廃止し、代わりにユーザーの証券口座の実際の操作履歴(匿名化)をもとにインタビューを設計した。
「このタイミングで買っていますね。何を考えていましたか」という問いは、抽象的な「あなたの投資スタイルは?」より遥かに深い回答を引き出す。実際の行動を起点にすることで、ユーザーが「語りやすい物語」ではなく「起きたこと」を話す場を作った。
ワークショップでよく起こるのは、インタビューガイドを「質問リスト」として設計してしまうことだ。金融ユーザーリサーチにおいては、質問よりも「見せる」「思い出させる」設計のほうが機能する。ユーザーの過去のアクションをスクリーンに映して「このときどういう状況でしたか」と問うと、感情の記憶が先に出てくる。
観察とインタビューを重ねた複数プロジェクトが共通して辿り着いた問題定義は、「操作が難しい」ではなかった。「金融サービスを使うこと自体に、ユーザーは自信のなさを感じている」というインサイトだった。
みずほFGのデジタル戦略チームが取り組んだのは、若年層向け資産形成サービスの設計だ。20代のユーザーインタビューで繰り返し現れたのは、「始め方が分からない」ではなく「始めていない自分への後ろめたさ」だった。
このインサイトを How Might We の問いに変換すると大きく変わる。
この問い直しが、サービス設計の方向を根本から変えた。“入口の障壁を下げる” から “入口の心理的安全を設計する” へのシフトだ。アプリの初期画面から「おすすめポートフォリオ」の提示を廃止し、「今の状況をまず整理しましょう」というフローに変更した。完了率が大幅に改善したとされている。
ブレインストーミングに金融機関のメンバーを混ぜると、「それは規制上できない」「コンプライアンスが通らない」という声が早期に出る。これはイデエーション(創造フェーズ)の天敵だ。
実際にやってみると効果的だったのは、「今日は規制も予算も存在しない世界で考える」という明示的なルール設定だ。ただし「まったく自由に」では金融機関のメンバーは動けない。「銀行業務の本質(お金の安全な移動と増殖)は変えない。それ以外の手段はすべて白紙にする」という条件を加えると、思考が動き始める。
SBIのプロジェクトでは、このセッションから「投資の社会的承認」という概念が生まれた。「友人が始めたから自分も」という行動パターンを設計に組み込む、ソーシャルインベスティングの原型だ。当初は「規制上難しい」として保留されたが、後に「投資クラブ」機能として制約内で実装された。アイデアの評価は収束フェーズで行う。発散フェーズでの早期評価はイノベーションを殺す。
金融サービスのプロトタイピングで特殊なのは、「信頼」という非機能要件がデザインの中核を占めることだ。操作のフローより先に、「このサービスを信頼できるか」という判断が下る。
Goodpatchが金融クライアント向けに繰り返し使う手法は、「信頼プローブ」と呼ばれる低忠実度プロトタイプだ。実際の機能を持たない紙のモックアップを見せ、「このサービス、実在するとしたら口座を開設しますか」と問う。YESと答えたユーザーに「何を見てそう判断しましたか」を聞く。NOと答えたユーザーに「何があれば判断が変わりますか」を聞く。
多くのワークショップ実践で繰り返し観察されるのは、金融ユーザーの信頼判断が「情報量」ではなく「情報の整理方法」に反応するという事実だ。情報が多いサービスは「難しそう」と判断され、情報が少ないサービスは「怪しい」と判断される。この逆説的な区間を突破するには、「必要な情報が、必要なときに、予測可能な場所に出てくる」というUX設計が欠かせない。
金融サービスのテストで多くのチームがつまずくのは、コンバージョン率やタスク完了率だけを成功指標にすることだ。これらの指標は「機能するか」は教えてくれるが、「選ばれるか」「使い続けられるか」は教えてくれない。
有効な補完指標として、複数の金融プロジェクトで採用されているのが「感情的摩擦スコア」だ。ユーザーテストの各ステップで「この操作をしているとき、どんな気持ちでしたか(1〜5段階)」を測定し、感情的に負荷がかかる箇所を可視化する。タスク完了率が高くても、感情スコアが低いフローは解約率に直結することが複数事例で確認されている。
「使えたが、嫌だった」という体験を設計から消すことが、金融サービスにおけるCX設計の本質だ。
デザイン思考の導入に大型プロジェクトは必要ない。以下のアクションは、リソースの制約が大きい金融機関でも実行可能だ。
1. 「離脱したユーザー」に電話をかける 口座開設を途中でやめたユーザー、解約したユーザーにコンタクトして15分のインタビューをお願いする。謝礼は500円分のギフトコードでも十分だ。「なぜやめましたか」ではなく「その日、どんな状況でしたか」から聞く。
2. コールセンターのログを「感情マップ」にする 問い合わせ内容を「怒り」「困惑」「不安」「確認」に分類し直す。機能別の集計ではなく、感情別の集計をすることで、ユーザーが何を「怖れているか」が見えてくる。
3. 競合サービスをユーザーとして1時間使う 自社の担当者が競合口座を開設し、最初の操作を記録する。「どのタイミングで信頼した/不信感を持ったか」を5分ごとに書き留める。比較ではなく、自分の感情変化の観察が目的だ。
金融機関のDX担当者で「ユーザー中心設計を導入しようとしているが、成果が見えにくい」と感じている人、金融サービスのUXデザイナーで「数値指標だけでは説明しきれない体験の問題がある」と感じている人に、この記事のアプローチが直接役立てる。「顧客目線」をスローガンで終わらせないための、具体的な問いと手法が揃っている。
金融サービスのデザイン思考は、他業界に比べて「見えにくい問題」を扱う。操作の難しさより先に、お金にまつわる感情的な地雷を踏まないインタビュー設計が求められる。この難しさは、同時にチャンスでもある。競合他社が「機能の改善」で競っているうちに、感情設計の深さで差をつける余地が、金融領域には特に大きい。