デザイン思考で金融サービスを革新する——4社の実装パターンと測定可能なKPI設計
BBVA、ING、Capital One、みずほFGの4事例を共通プロセス・KPI・失敗パターンの3軸で解剖する。金融サービスにデザイン思考を根付かせるための、測定可能で再現可能な実装ガイド。
BBVA、ING、Capital One、みずほFGの4事例を共通プロセス・KPI・失敗パターンの3軸で解剖する。金融サービスにデザイン思考を根付かせるための、測定可能で再現可能な実装ガイド。
「ワークショップで盛り上がった付箋は、結局どこに消えるのか」——金融機関でデザイン思考を導入した担当者から、何度も同じ質問を受ける。プロセスは回した。インサイトも出た。だが事業のKPIに繋がる実感がない。
この問題は、金融に固有のものではない。しかし金融機関では特に深刻に表面化する。規制・リスク・意思決定チェーンの厚みが、デザイン思考の「素早い検証」と摩擦するからだ。
本稿は、海外と日本の4社——BBVA、ING、Capital One、みずほFG——を「共通プロセス」「KPI設計」「失敗パターン」の3軸で並べ、金融サービスでデザイン思考を機能させるための実装パターンを抽出する。
業界・規模・国が違っても、デザイン思考を金融機関に根付かせた組織は、似通った段階を踏んでいる。
最初は特定のサービスや顧客接点に絞ってデザイン思考を試す。ここで成功事例を1つ作ることが、組織内の懐疑論を黙らせる起点になる。
BBVAは2007年頃からデジタルバンキングのリニューアルを起点に、Capital Oneは2014年のAdaptive Path買収(後述)以降にカード申込フローのリデザインから始めている。重要なのは「全社展開」を最初から目指さないこと。組織変革のスケールに比例して必要な政治資本も増える。最初の1勝は、小さく確実に取りに行く。
単発プロジェクトの成果が認知されたら、デザイン思考を「特別な手法」ではなく「日常業務の一部」にする段階に入る。ここで多くの組織が壁にぶつかる。
INGの「スクワッド体制」(2015年〜の組織再編)、BBVAのGlobal Head of Designポジション設置、Capital Oneのインハウス・デザイン組織拡大——いずれも手法を導入するために組織構造そのものを変えた。デザイナー・エンジニア・プロダクトマネージャー・コンプライアンス担当者を同一チームに配置する設計が、サイクルタイム短縮の物理的前提になる。
ここが日本の金融機関で最もスキップされやすいフェーズだ。デザイン思考の成果を「定性的な顧客の声」だけで報告し続けると、経営層の予算配分の優先順位から外れていく。
定量指標と定性指標の両輪で測定する仕組みを早期に確立した組織だけが、長期的にデザイン思考の予算を維持できている。
BBVA(Banco Bilbao Vizcaya Argentaria、スペインを本拠地とするグローバル銀行)は、2007年前後から顧客体験設計の方法論としてデザイン思考を組織的に導入した先駆例の一つだ。
特徴的なのはデザイン組織を経営中枢に近い位置に置いた判断だ。Global Head of Designポジションを設け、カスタマーエクスペリエンス担当チームを戦略部門に組み込んだ。日本の金融機関に多い「デジタル推進部が外部ベンダーと連携してデザインする」構造とは根本的に異なる。
測定したKPI:
特に意識したのは「デジタル経由の契約率」だ。これは「使いやすいから使われる」を超えて「使った結果として収益に直結する」までを射程に入れた指標で、デザイン投資の事業貢献を経営に説明可能にする設計になっている。
ING(オランダを本拠地とするグローバル金融機関)は、2015年から組織全体のアジャイル変革を実施した。デザイン思考はその中で顧客体験設計の方法論として組み込まれた。
INGが従来の機能別部門制を廃止し、「スクワッド」と呼ばれる小規模多機能チームに再編した点は、デザイン思考の文脈で重要な意味を持つ。コンプライアンス担当者がテストサイクルの外側にいない——法務的な確認がテストサイクルを遮断するのではなく、スクワッド内で並行して進む構造になった。
測定したKPI:
INGの取り組みの教訓として明確なのは、「手法を導入して組織が変わるのを待つ」のではなく「組織構造を先に変えることで手法が機能する環境を作る」という順序だ。デザイン思考の研修を全社員に受けさせても、組織構造が機能別のままでは、研修内容は週明けに蒸発する。
Capital One(米国の大手金融機関、特にクレジットカード事業で知られる)は2014年10月、サンフランシスコのデザインコンサルティングファーム Adaptive Path を買収した。デザイン人材を一気に内部化する戦略的な動きで、金融業界のデザイン思考導入における転換点として記憶されている。
買収後、Capital Oneは「Capital One Studio」と呼ばれるデザイン組織を構築し、シカゴ・サンフランシスコ・ニューヨーク・ロンドンに拠点を持つグローバル組織へと拡張した。デザイン思考は単発のワークショップ手法ではなく、プロダクト開発の標準プロセスとして組み込まれた。
測定したKPI:
Capital Oneのケースで注目すべきは、「問い合わせ件数の減少」を成功指標に置いたことだ。一見ネガティブな指標だが、「コールセンターに電話せずに済むUI」は顧客体験の質と運用コスト削減の両方に効く。デザインの事業貢献を多面的に測定する設計の好例だ。
みずほフィナンシャルグループは、デジタル戦略の一環として若年層向け資産形成サービスの設計にデザイン思考を活用した。日本の大手金融機関の中でも、ユーザーリサーチを起点にした設計プロセスを社外に公開している事例の一つだ。
特徴的なのは、「20代の本音」を引き出すリサーチ設計だ。インタビューで繰り返し現れたのは、「始め方が分からない」ではなく「始めていない自分への後ろめたさ」だった。このインサイトをHow Might Weの問いに変換した結果、サービス設計の方向が根本から変わった。
測定したKPI(一般的な国内若年層向け金融サービスでの設計指標として):
「ヘルプ画面のアクセス頻度」が高い箇所を「設計が問いに答えていない場所」として特定する手法は、行動データを起点にしたUX改善の典型だ。
国内事例での具体的な「信頼の壁」の乗り越え方は、別稿のデザイン思考で金融サービス革新——顧客の「恥」を起点にした設計の現場で詳述している。
業界横断的に有効な指標設計のパターンを抽出すると、以下の3つに集約される。
完了率・離脱率・MAUといった定量指標だけを見ると、「数字は良いが顧客の不満は溜まっている」という危険な盲点ができる。NPS・顧客インタビュー・カスタマーサポートのログ分析を組み合わせて、「なぜその数字になっているか」を説明可能にする。
契約数・収益は遅行指標(結果が出るまで時間がかかる)。エンゲージメント率・問い合わせ件数・UIの操作完了時間は先行指標。デザイン投資の効果は先行指標で素早く把握し、遅行指標で経営に報告するという二層構造が機能する。
問い合わせ件数の減少、エラー率の低下、サポートコストの削減——「増やす」指標だけでなく「減らす」指標を持つことで、デザインの運用コスト削減効果を可視化できる。経営層への説明では、増加だけでなく減少のストーリーが効くことが多い。
逆に、4社のいずれかが過去に直面したか、他の金融機関で頻繁に観察される失敗パターンを抽出する。
ワークショップを実施した、付箋がたくさん貼られた、参加者の満足度が高かった——これらはプロセスの一部であって成果ではない。ワークショップの後にプロトタイプが作られ、テストされ、実装され、KPIが測定されるまでが「成果」だ。
組織内で「ワークショップを開催したこと」を成果報告として扱う文化が定着すると、デザイン思考は「楽しいイベント」として消費されて事業に繋がらなくなる。
「アイデアが固まってから法務に確認する」というプロセスは、金融機関では破綻する。差し戻された後の手戻りが大きく、結局「規制があるから無理」という結論で終わる。
INGのスクワッド体制が示したのは、コンプライアンス担当者を初期段階からチームの一員として組み込むという設計だ。「チェックする人」ではなく「一緒に作る人」のポジションに置く。これは ステークホルダーマッピング の段階で意図的に設計するべき構造的な配置だ。
「顧客から良い反応をもらえた」という報告だけでは、3年目以降の予算が削られる。定量的な事業貢献を測定する仕組みを早期に確立しないと、組織変革の途中で失速する。
これは JTBD(Jobs To Be Done)とデザイン思考の統合 と組み合わせて考えるべき問題だ。顧客のジョブを起点にした指標設計が、定性と定量の橋渡しになる。
1. KPIシートを作る前に「減らす指標」を1つ決める — 「このプロジェクトで減らしたい数字は何か」を1つ明文化する。問い合わせ件数、解約率、エラー発生率——「減らす」を起点にするとUI設計の優先順位が明確になる。
2. プロトタイプテストの前に法務担当者と15分話す — 「このプロトタイプは何のために、どこまで何を試すか」を法務に伝え、「どの形式なら可能か」を引き出す。法務を「壁」ではなく「制約条件を明らかにしてくれるパートナー」に位置付ける。
3. ワークショップ後に「90日アクションプラン」を必ず作る — 出たアイデアを、誰が・いつまでに・どう検証するかを90日単位で具体化する。これがないとワークショップは「イベント」で終わる。
金融機関のDX推進部・デジタル戦略部の担当者、サービスデザイナー、UXデザインマネージャーで、「デザイン思考を導入したが事業KPIへの貢献が説明しにくい」と感じている人に、本稿の4社事例とKPI設計の3原則は直接役立てる。自社で再現可能なパターンとして事例を抽出すること——手法より先に、組織構造とKPI設計から手をつけてほしい。